炭酸と弾ける

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本日オープンのこのレストラン。 子供連れの親子がターゲットに作られただけあり、内装は非常に可愛らしい。 赤と白のチェックの壁紙に、テーブルは小さい子供に配慮してなのか木製の丸テーブル。それをぐるりと囲む様に円形のソファが設置されているが、ケーキの様に4分割になっているので席を立つのも楽になっている。 キッズコーナーも色鮮やかなボールプール、万が一口の中に入れても害の無い積み木、絵本コーナーと色々楽しめる様になっていた。 観葉植物等は無いが、その代わりバルーンが彩りを与えている。 (はぁー…これは確かに可愛いわ…親子で楽しめるってのも頷ける) ほぉっと半ば感心してキョロキョロ見回すのは、一匹の猫…否、 「猫さん、ふうせんください」 着ぐるみを着た宇汰である。 (やべぇ、見惚れてる場合じゃねぇ) 宇汰は持っていた風船の中からピンク色のそれを選ぶと目の前で手を伸ばす女の子に手渡した。 お利口さんにお礼を言って親元へと走って戻るその後ろ姿を見送ると、溜め息一つ。 結局、こうなってしまった様で。 (…はぁ) 溜め息が形となって出るのであれば、宇汰が着ている着ぐるみの中は既にそれでいっぱいになっているであろう。 別に着ぐるみを着るのが嫌な訳では無い。 白居についても、もう仕方ないと割り切れたのだが、ただこの展開についていけるほど瞬発力があった訳でも無く、その上、普段あまり人と触れ合うなんて事が無かった為に多少の疲労が生まれてしまったのだ。 ただ唯一の救いと言えば、オープンイベントとは言え、客は皆招待客らしく、一般の客で混雑していないと言う事。 子供達も躾が行き届いているのか、着ぐるみあるあるの蹴られたりだの、無理矢理声を出させようだの、カンチョーだの、イタズラされる事も無い。 差し詰め、猫の着ぐるみの宇汰も、兎の着ぐるみを着た白居も今日の為のインテリア的扱いなのだろう。 (まぁ…暑いけど…) 季節は5月。 室内、特に大きく動く事は無いものの、流石に汗だくものだ。 シャツと肌の間を抜けていく汗を感じ、眉間にもシワが寄っていく。 だが、白居の方をチラリとみやれば、子供達に向かってステップを見せたり、お手振りしたりと元々の明るい性格もあってか、愛嬌満点のサービスぶり。 (あいつ、すげぇな…) あそこまで出来る自信は、当たり前に無い宇汰はただただ感心するばかり。 (まぁ、でも、やるって決めたのは結局じぶんだしな…) 『取り敢えず今日は11時から15時まで居てくれればそれでいいから、頑張ってね』 碧司の言葉を思い出しながら、風船片手に順番にテーブルを回る事にした宇汰は視界が悪いながらも、自分も何か貢献をと、器用に視線を動かした。 ***** 水分の補給をと休憩が言い渡されたのはそれから一時間程たった頃。 白居と交代でとの事だったので、先に白居を行かせ、ホールに戻ったと同時に宇汰はこっそりとスタッフルームへと向かった。 誰も居ない廊下に入ると、安堵の息が漏れ、ゆっくり座りたいと思ったものの、それより先に 「あっちぃ…」 シュワっとしたものを口に含みたくて堪らない。 そう言えば、冷蔵庫にドリンク色々あるからねぇとも聞いていた。炭酸もあるだろうか。はやる気持ちを抑えつつ、先に頭を外そうと手を首に掛けた時だ。 「チカっ!遅いよぉ、何してんたんだよっ」 (……あ?) 今まさに宇汰が向かっていこうとしていたスタッフルームから聞こえた声。 (誰か居るのか?) どうやら中で何か話しているらしい。 しかも、少し揉めているのか、 「何で協調性無いかなぁ、本当びっくりだよっ」 なんて、聞こえてくる。 (この声…碧司さん?) 扉の前で着ぐるみの頭を取るのも忘れ、宇汰はじっとりと眉根を寄せた。 何を揉めてるかはしらんが、勘弁してほしい。 (水分欲しいんですけど…) 未だ聞こえてくる会話にしばし扉の前で仁王立ちしていた宇汰だが、仕方ないと腹を括った。 (もういいや、ノックして入ろ) どうせ会う事もこれが最初で最後の人達だろう。だったらこれから先気まずい事なんて無い。 今日限りの関係性に遠慮はいらない筈。 普段あがり症な上に、人見知りのコミュ障な筈なのに変なとこで潔い宇汰はノックすべく手を上げた。 しかし、それより先に ガチャリ う、 うおぉ… 目の前の扉が開き、177センチある宇汰でも見上げないといけない程の男性が現れ、目を見開いた。 しかも、長身に驚いたのでは無い。 (何、…こ、の人…) 見惚れる程の容姿に驚愕したのだ。 狭い視界からでもパッっと見で分かる程の美形。 色素の薄い、紅茶の様なさらりとツヤのある髪色にその前髪から覗く眼はこちらも薄い緑色。 小顔に収まったパーツも全て形が良くバランスがいいのか、簡単に、イケメンですね、なんて安っぽい言葉は言えないくらい。 他人を見て初めて生まれた感情は全く頭も身体もついていかない。 固まったまま、じっと男の顔を見つめる宇汰はごくりと喉だけ鳴らした。 「ちょっと、チカってば…あ、百舌鳥君?」 そんな宇汰の身体を弛緩させたのは碧司の声。 男にまだ物申したかったのだろうが、部屋の入口で棒立ちしている宇汰を見つけるなり、入って入ってと、チカと呼んでる男を押し除け部屋へと招き入れた。
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