炭酸と弾ける

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「お疲れ様、冷蔵庫の中のはどれでも飲んでね、あ、タオル使う?」 「有難う…御座います…」 白いタオルを差し出す碧司に礼を言うものの、くぐもった声しか出ない為、頭を下げると二コリとまた人好きする笑顔を向けられる。 早速タオルを受け取り、いい加減猫の頭を取ろうとしたが、 「あ、チカ。この子、さっき話した今日バイトで入ってくれた子だよ。紹介しとくね、百舌鳥君」 思い出した様に例の美形に向かって宇汰の紹介を始めた。 (あ、えっ…と、) マジックテープで固定されている頭をべりべり言わせながら待たせるのは如何なものか。 と、一瞬思案したものの、チカとやらがこちらをあの薄緑色の眼でじっと見ているのに気付くと考えるよりも早く、 「百舌鳥です…っ」 と、またくぐもった声ながらも本能的に光の速さで頭を下げた。 頭の着ぐるみの重さで首を持って行かれるかと思ったが、あの顔を直視出来る勇気がまだ持てない。 「ほら、チカ。お前も挨拶しなよっ」 いや、もう俺の事は放っておいて下さい。 そう言いたいのに、碧司はぐいぐいと美形の背中を押し、紹介を促す。 恐る恐る顔を上げれば、着ぐるみ越しだと言うのに異様な圧を感じる程目の前にいた。 (…ひぇ) そして、ゆっくりと口が開かれる。 「百舌鳥君、だね。瀬尾(せお)です。宜しく」 ―――――ん? 「今日はわざわざ有難う、すごい助かるよぉ」 ふふっと眼を細めて、口角が弧を描く。 男女問わず、誰もを惑わしそうなその笑み。 自分でも気付かないうちに、それらを凝視する宇汰だが (何、だ) 何とも言えないこの感じ。 ドキドキと急に心臓の鼓動が速くなっていく。音も大きくなり、まるで耳の横に心臓が移動してきたかのように。 「猫の着ぐるみも可愛いねぇ、碧司チョイス?」 「そうだよ、可愛いだろう」 「はは、前よりセンスがマシになったみたいで」 見上げる程の長身や、目を瞠る容姿とかではない。 「って、そんな話じゃないよっ。チカ、ちゃんとイベント出てよ」 「何で?うざいなぁ。俺、そっちには関係無くない?」 「仕方ないだろっ、クライアントからのお願いなんだから、たった一日ニコニコしてればいいんだって」 「何それ、俺パンダ扱い?」 (…………いや、ちょっと待って…) 嫌悪感を含んだ眼とは違い、薄ら笑いを浮かべる瀬尾の、その、 「気分わりぃ」 (この、声、) ―――――――ぞわり 「―――――――っ!」 ガタっ 「へ?も、百舌鳥君、大丈夫?」 後ずさり、近くにあった椅子を倒した宇汰に碧司が驚き声を掛ける。 けれど、そんな気遣いに頭が回らない。 ただ、兎に角。 「だ、大丈夫です…先に、トイレに行ってきます…」 ここから出たい。 出来るだけ小声でそれだけを絞り出す様に言うと宇汰はスタッフルームを飛び出し、従業員専用のトイレに逃げ込む。 壁に埋め込まれた大きな鏡の前でバリバリっと音を立てて猫の着ぐるみの頭を外せば、汗だくであまり宜しくない顔色をした自分の姿。 未だドキドキと煩い心臓音に合わせて口から何か出てきそうだ。 それだけ、宇汰は今混乱している。 (瀬尾…さん?あの人の声がめっちゃ…似てる…) 誰に? それは一人しか、居ない。 『学校はどうだった?』 『ウタ君、おやすみ』 そうだ。 (ハルさんの声に、そっくりだ…) 「~~~っ」 そう思ってしまったら、青白い色味から急激に赤みを増す顔面。 熱量を帯び、益々汗が流れ出るのを止められない。 (でも、でもだ…) 『うざいなぁ。俺、そっちには関係無くない?』 『気分わりぃ』 人を見下す、嘲るみたいなあの口調と表情。 全くイメージしていたハルとは違う。 「…違う、よな」 ポタリと洗面台に落ちる汗を見詰めながら、宇汰は持ってきたタオルで乱暴に額に溜まったそれらを拭った。
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