炭酸と弾ける

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あれからチカ事、瀬尾は碧司に説得されたのか、ホールの方へと現れた。 気にしない様にと意識していた宇汰だったが、登場した瞬間、嫌でも周りの人間からの視線が集中し、目立って仕方ない。その後は芸能人並みに写真を求められ、作られた人集りはバーゲンセールの如く。 やはり女性客からは悲鳴にも似た声が上がっており、中々すごい絵面に着ぐるみの中の宇汰も口元を痙攣らせた。 (分からんでも無いが…) あの長身を象徴する長い脚が醸し出すスラリとした肢体。 しかも、『あの顔』だ。 薄緑の眼もそうだが、全てのパーツがそれに負けない、と言うか相乗効果の造り。神様が額に汗して本気を出して作りました、と言われても百人が百人納得するであろう。 何で一般人やってるんだ。そう問いたくなる。 しかも、先ほどまでの悪態は何処に行ったのか、ニコニコと笑顔で対応し、時折冗談でも交えているのか、瀬尾の周りでは笑顔が絶えない。 チラリと碧司を見れば、彼もその様子に安堵したのか、満足そうにしめしめ顔を浮かべている。 (俺も集中、集中…) 声が似ているだけだ。 きっと、そうだ。 声さえ聞かなければ、今日はやり過ごせる。余計な事を考えない様にしよう。 宇汰は瀬尾を視線に入れぬ様、すっと背中を向けた。 (ハルさんとは…違う…よな) 言いしれぬ緊張に暑さとは違う汗が流れてくる。 そうして、着ぐるみバイトに勤しむ中、穏やかにイベントは終わりを迎えた。 ****** 「あっついっ!!」 バリバリバリと派手に音をたてながら、白居は兎の着ぐるみを頭を外すと、続け様に背中を宇汰に向ける。 「百舌鳥っ、ファスナー、ファスナーぁ」 「はいはい…」 兎のファスナーを下ろせば、脱皮したかの様にするりと小柄な身体が飛び出す。 「サンキュー!うー、汗でベトベトー!」 汗だくのシャツが身体に張り付いているのが気持ち悪いらしく、すぐ様それを脱ごうと悪戦苦闘する白居を横目に宇汰も猫の頭を外した。 (涼し…) 空調が効いているのもあるが、それ以上に真新しい空気が気持ちいい。 前髪やこめかみから流れてくる汗を休憩時間に碧司から貰ったタオルで拭っていると、ジジ…っと背中のファスナーが下されるのに気付く。 「え、あ、悪い…」 こちらが言う前に白居が気を利かせてくれたのだろうか。 珍しい事もあるもんだ、と礼を言おうと振り向いた宇汰だったが、その眼はぎょっと見開かれた。 「お疲れ様、えっと…百舌鳥君」 (ひ…) ひぇ… 本日2度目。 喉が変な音を立てたのが分かる。 「すごい汗」 ぞわ… そこに居たのは、瀬尾。 ニコッと眼を細めて、シャツもビッショリだねぇなんて感心した様に宇汰の身体を見ていた。 予想もしなかった人物登場により、頭から被っていたタオルを反射的に口元へ持って行っていく。それでも、 「あ、りがとう、ございます…」 と、小さな声を何とか絞り出した。 近い、つか、近い! いい匂いもするしっ 自分の汗臭さも気になり、不自然さを出さない様にゆっくりと後退りしていると、ようやっと白居も宇汰の状況に気付き、ビクッと肩を跳ね上げた。 「あ、瀬尾さん…!お、お疲れ様ですっ!」 「お疲れ、白居君も大変だったねぇ」 (おぉ…) 瀬尾に深々と頭を下げる姿を宇汰はポカンと見詰める。 あの白居が緊張しているのが珍しい。 いつもは空気を読まないと言うか、敢えて読まない、そのスタイルで周りを巻き込むムードメーカーなタイプなのに。 「ここシャワーも完備されてるから、行ってきたら?下着とかも買ってあるみたいだから、使ってよ」 「あ、はいっ!も、百舌鳥っ、俺先でいいっ!?」 「……おう」 先でいい?なんて問う前から扉に向かっている白居に今更ノーとは言えない。 (白居め…) 多分だが、白居はこの男…。 「百舌鳥君も、下着使って。返さなくていいし」 「…あざす」 瀬尾が苦手、と見た。 理由はよく分からないが、逃げる様にシャワー室に向かう後ろ姿がそう言っている。 (もしかして…) 前におっかない上司が居ると言っていたのは瀬尾の事じゃ無いのだろうか。 タオルで頭をガシガシと拭きながら、そんな事を思っていると 「百舌鳥君、白居君と友達?」 ぞわり… (ーーーっ!!) 「…は、い」 や、 (やっぱり…) バクバクと心臓が鳴り出す。 かぁぁぁっと顔が熱くなる。 (ひぃぃぃぃぃっ…!!) 似てる、やっぱり似てる!! しかも顔面効果もあってなのか、もう何が何だか脳内がおかしくなっている。 軽いパニックを起こしている宇汰を訝しげに見ている瀬尾の眼も痛い。 そんな中、 「お疲れ様ぁー」 白居と入れ替わりに碧司がネクタイを緩めながら、疲れたぁーと入ってきた。
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