理想のオレンジ

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理想のオレンジ

「へぇ…一週間後に確認できる?、って言ったら、出来ます、って返事して一週間後の今日、半分もデザイン纏まって無いってどう言う事だろう」 長すぎる脚を組み直し、綺麗に整頓されたガラス天板のオフィスディスクに頬杖を付く姿。 その肢体だけ見ても、見惚れるバランスの良さに加え、まるで一枚の絵画の様なのだが、その上もまた凄い。芸能人顔負け、なんて月並みなセリフはもう聞き飽きた、言い飽きた。 色素の薄い髪色に、同じく薄緑を帯びた眼に薄っすらと弧を描く形の良い唇。 全部天然物らしい全てのパーツは、これまたバランス良く配置されており、兎に角一瞬同じ人間かな?と問いたくなる程。 美人は三日で飽きるだとか、美形も毎日見てれば見慣れてしまうだとか、それらは根拠の無い机上の空論だと彼を毎日見ている社員は悟っている。 そして、彼の前に居るこの社員も、小さく縮こまりながらも、凝視する勇気が無い為か、チラチラとその美貌を盗み見しているのだが、そんな余裕もそろそろ消えそうだ。 「ねぇ、」 バサッっと机に落とされたデザイン案。 「理由、聞いてるんだけど」 ひぃ…!! ****** 談話室にコーヒーを二つ。そのうちの一つに砂糖とミルクを並々と入れてかき回す碧司誠は、はぁぁっと溜息を吐いた。 「チカさぁ…いや、前よりはマシ。前よりはマシになったけど、もうちょっと、こう、ね、社員に配慮的な…何かを…」 「どうして、俺が配慮しなきゃいけないのさ。彼は一週間で出来るって言ったんだよ?出来ないなら出来ないって途中経過でもいいから見せて相談すべきだよねぇ?」 「分かってるっ!それは重々分かってるよ、うんっ!分かってるけど、近藤君、ガタガタしてたじゃんっ!ずっと小刻みに震えて、小一時間あの子のディスク周りずっと振動してたんだからねっ、何言ったらああなるのっ!」 「何それ面白いね。そんな面白い事出来るなら、デザイン案だって出来そうなもんじゃない?」 ふふふっと笑う目の前の男にじっとりと碧司の眉根が寄る。 何を言っても無駄感はあるのだが、此処はやっぱりきちんと対等な関係性である自分が言わねば、と無駄に培った責任感が起き上がった碧司は咳払いを一つ。 「……チカさ、自分でやった方が早いだとか、質の悪い物作る位なら自分でするとか言ってワンマンでしてた仕事を後輩に回し始めたじゃん、相談も受け付けるとかも言ってた、僕はすごい、成長した!って思ってたんだよ」 「190センチあるからね」 「誰が物理的な話してんだよっ!精神面っ!」 「だから俺別に怒ってないよね?相談だの、報告だのしてほしいって言っただけだし。まぁ、自分のキャパに合わない事は安請け合いするな、とは言ったけど。身の程を知れよ、って忠告?みたいな」 「一言多いぃぃぃぃぃ!!お前は本当に一言多いんだよぉぉ」 「言わなきゃ分かんないでしょー」 カップに口付け、くるんくるんと座った椅子を回し遊ぶ瀬尾に碧司は項垂れる。 疲れる。 学生時代からの友人とは言え、本当に疲れる。 飄々としたこの態度に何を考えているのか、全く掴めない物言い。10年近く付き合いがあるが、彼の事は表面上の事しか分からないと碧司は心底思う。 大学時代にお試し半分でいきなり起業してみたいから、一緒にどうだと誘ってくれた彼についてきたのは自分だ。あの頃も瀬尾の事等全く理解していなかった為に共同経営だ、表に立つのはお前だ、と右も左も分からぬ侭立ち位置が決められてしまい、座ったまま動かない瀬尾を背負い、文字通り半泣きで右往左往していた。 だからと言って、それを後悔している訳でも恨んでいる訳でも無い。 むしろ、何のビジョンも無かった自分を持ち前の才能で、ここまで連れて来てくれた事に感謝をしている、有難く思っている。 けれども、だ。 ここ最近機嫌があまり宜しくない瀬尾の放つオーラが禍々しい。半径一メートル程近づけば、肌で感じ取れそう、発電できそう。 それは、こうして会社内でも影響してしまい、矢張り会社としては頂けない事。 「…もっと上手く人を使う道を覚えて…」 「それはお前の仕事だよ、碧司。フォローしてよ、気利かせて」 ぎぎぎぎぎっと歯軋りする事で拳を抑える碧司だったが、奥歯が砕けそうだ。もうこれ以上歯を酷使して、この歳で入れ歯のお世話にはなりたくはない。 だらりと力を抜くと、絞り出すような声で懇願した。 「…じゃ、せめてメンタル削らせない様にしてあげて…ただでさえ、仕事も鬼の様に出来る上に、お前の顔面の迫力もあって皆ビビったり、教祖化してんだからさぁ」 「…何それ。人を勝手に奉らないで欲しいんだけど」 ちっと舌打ちする瀬尾だったが、 「あ…」 「え、え、何?」 一瞬呆けた様に眼を見開き、くるりと碧司に向き直ると今まで見た事の見せた事の無い眼の色を見せて来た。 初めて見る瀬尾のそんな表情。ビクッと肩を震わせた碧司は手元のコーヒーを零しそうになるが、 「打ち上げ、打ち上げしようよ」 「…………ん?」 結果、それは床に落とされる事となった。
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