理想のオレンジ

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「うわー、すげぇオシャレな店ぇー!」 「……」 多国籍料理を扱う店らしい、この店。 確かに和風だとか洋風だとかモダンだとか偏りを見せない内装だ。 白を基調に壁紙、床材は統一され、柱や窓枠はパステルカラーのカラフルな色目が使われている。 装飾と言う装飾は無いが、照明の傘にはレースや切り絵、ステンドグラスの様な鮮やかな物がさり気無くあしらわれて面白い。 「ここもうちの会社が内装デザインしたらしいぜ」 ニコニコと進んで行きながら説明する白居だが、その背中を宇汰はじっとりとした眼で追っていた。 「女の子受けも良さそうだけど…ちょっと高そうだよなぁ…」 いや、そんなんどうでもいいし。 (何で俺まで…) 体調が回復した筈の宇汰の顔色はすこぶる悪い。 ぎゅうっと昨日壊れたばかりの鞄を握り締め、こうなってしまった経緯を考えるものの、納得がいかない事ばかり。 『だって、お前バイト料要らないとか言ったんだろ?だから向こうも気を遣って打ち上げに呼んでくれたんだと思うけど』 『顔くらい出すのが普通だろうー。お前そんなんじゃ、将来の付き合いとかどうすんの?』 『もしかしたら、いつか仕事繋がりで会うかもしれないのに気まずくなりたかないだろ?』 もっともらしい事を言ってのけた白居に、こめかみの血管がブチ切れて血が噴き出るかと思った。 ごもっとも。考えてみれば確かに白居に言われなくともそんな事宇汰にだって理解は出来た。 だが、矢張り気が乗らない。 これが浩一郎からのお誘いならば、タダ飯食えてラッキーと素直に思えるのだが、相手が相手だ。 (しかも、瀬尾さんが選んだ店…) 「白居、あ、あのさ、やっぱり俺…」 「何、今更帰りたいとか言うなよぉ!もうすぐそこの個室に集まってるんだからさぁ」 「いや、分かってるけど、俺あんまり知らない人と飯とか苦手でさ…」 「まぁまぁ!打ち上げって言ってもいつも上の人は来ないし!予約はしてくれるけど、下っ端だけで飲む感じなんだし、気負うなよー」 「…そうなのか?」 だったら…、少し気が楽になった気がする。 しばらく思案する宇汰を他所に白居はどんどんと目当ての個室へと進み、入り口の前で早くと手を挙げたが、一瞬にしてその顔は固まった。 「…?」 こちらを見て固まる友人。 いや、宇汰を見ていると言うより、その後ろを見ているような… そう、背後をーーー。 「あぁ、来てくれたんだね」 ーーーー……へ? 肩にゆっくりと回された腕。 その手を辿る様に視線を上げれば、 「こんばんは。また会えたね」 嫌でも目に入る、あの薄緑色に宇汰の喉からは最近のお約束と言わんばかりに不自然な音を出した。 ****** 何度目かの乾杯をやり終えた大人達はもうすっかり出来上がっているのか、笑い声やリアクションが非常に大きくなっており、それに混ざって小柄な友人が『今年の目標は彼女を作って新品を中古にする事ですっ!!!』と力強く述べている。 彼もすっかり違う世界に入っているらしく、料理を運んで来る従業員の愛想笑いが非常に痛々しい。 それを横目で見る自分の目の前に置かれた、すらりとした細身のグラスにはフルーツをベースに醸造されたと言う地ビールが注がれている。 本来あまり酒は好まないのだが、それに積極的に口付けて少しずつ減らしていく、と言うより減らさなければならない使命感に駆られていると言った方がいいかもしれない。 「百舌鳥君、ここのお酒美味しいでしょ」 「…は、はい」 この男のせいで。 宇汰の隣に当たり前の様に座る瀬尾春近だ。 あれから固まってしまった宇汰を他所に有無を言わさず、皆んなの集まった個室へと引っ張り込んだかと思えば、自分の隣に座らせ、開始の挨拶もそこそこにオススメだと言う料理や酒を注文し、それをサラダ女子の如く取り分けすると、どうぞ、と渡して来た。 それをパクパクと食べる宇汰を満足そうに見つめる瀬尾だが、当の本人と言えば、 (味とか…ぜんっぜん分かんねぇ…!!) 義務的に胃に流し込む作業をしているだけだった。 有機野菜を使用しているだとか、店長が拘った食材を全国で吟味してきただとか入り口に書いてあった気がするが、今の宇汰にとっては申し訳ないが全くの無意味だ。 隣の圧に負けて摂取しているに過ぎない。途中詰まりそうになるのを酒で流し込むのも若干辛い。 碧司が居れば少しはマシだったかもしれないが、彼は取引先との接待らしく事実上瀬尾は放飼いされている状態。 その為か、社員達はいつもはこんな場に来ない上司へ急いで挨拶はしてきたものの、近寄ってくる事なく、一部の社員は、遠巻きにこちらを気にしている素振りを見せていたが、お酌等する勇気は無いらしく、美しい上司と一緒に居る大学生へと羨望の眼差しを送るだけ。 結果宇汰と瀬尾の二人だけの空間となっていた。 そして、三杯目のビールを流し込んだ頃、宇汰は正常さも何処かに流してしまったのかもしれない。 ポワポワっと頭が揺れる気がする。 (や、やべ…酔った?) 「ねぇ、百舌鳥君」 「は、はい」 がやがやと煩い人の声によって作られたBGMのせいか、二人は自然と顔を寄せる。
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