理想のオレンジ

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「真っ赤になってる。酔った?」 「ま、待って、く、」 「外、出ようか」 疑問形でない問いかけに、ひゅっと息を飲む宇汰は反射的に頷き、席を立つと掴まれた腕に引っ張られた。 くらっと眩暈に似た感覚に足がもつれそうになる。 後ろから、『瀬尾さん?え、百舌鳥?酔っ払ったぁ?』とお前こそ酔っ払いの白居の声が聞こえたが、それに瀬尾が『俺が居るから大丈夫だよ』とだけ伝えると部屋の外へと促され、そのまま店外へと出された。 既に暗くなった外のひんやりとした空気は熱を持った顔に心地良いが、飲食街のこの辺り。 美丈夫なやたらとでかい男に引っ張れる普通の大学生の男はやたらと眼に着くらしく、特に瀬尾はすれ違う女性が二度見どころか、立ち止まって凝視されるレベルに俯く宇汰だが、 「少し先にベンチあるから、行こう」 行こうではなく、来い、だ。 それを理解出来た宇汰に拒否権等皆無、力無い歩きぶりで瀬尾の後ろを付いて歩き、設置してあった木製のベンチへと腰かけた。 「大丈夫?本当に酔ったよね」 「…だ、いじょうぶ、です」 「ふふ、顔赤い」 「…つか、あの、」 「何?」 唇の端だけを上げる瀬尾をぼうっと見詰める。 (マジできれー…) 兎に角顔が良い。 (そして、声がやっぱりエロい…) まだ見た事の無い『彼』を想像していた通り、いや、それ以上。 けれど、そんな事を確認している場合では無い。あまり動かない思考回路を何とか奮い立たせて、くらりとする頭を支えながら、宇汰は口を開いた。 「ハル、さん…?」 「うん」 「俺の…事、いつ、から気付いてたんす、かね…」 「え、そこ?折角会えたのに、感想とかは?」 「……………」 「あのバイト中に自己紹介してくれただろ、あの時に気付いたよ」 ――は? 『百舌鳥です…っ』 着ぐるみをまだ脱いでもおらず、くぐもった声しか出なかった、あの時? まじまじと自分の顔を見てくる宇汰の表情が面白いのか、口元に手を当ててクスクス笑う。しかし、その眼はしっかりと宇汰を捉えて。 「分かったよ、すぐに」 人より耳がいいのかもね、なんて肩を竦めて見せる瀬尾…ハルに、宇汰は今頃になってダラダラと汗が流れていく。 と、言うか、こんな事を言う人間が居たのなら『気持ち悪っ!!!』と逃げてもおかしくない台詞に態度だが、ハルのキラキラ具合にそんな事まるで思いつかない。 むしろ、 (す、すげぇ…) 無駄に感動を覚えていた。 宇汰とて声が似てる?と思いはしたものの、流石にここまで断言は出来なかった。 矢張りハルは凄い人間なのだと、盲目的な感情が湧いてくる。 「お、俺、瀬尾さんの、声がハルさんに似ているな、とは…思ってたんですけど…」 「そうなんだ。俺、気付いてくれてるのかと思ってた」 「いや…自信無くて…」 「まぁ、俺とウタ君はただの客とキャストだもんね」 「そ、そうっすね、」 一瞬気まずさを感じ、すっと視線を下げた宇汰だが、そこでハッと何かを思いついた様に再び顔を上げるとハルへと向き直った。 「あ、あのっ!!俺、決して、ハルさんに近づいた訳じゃないんでっ!」 そうだ、こんな偶然なんてお互い、そうそう無い。 ハルからしたら、宇汰の方から意図があって近づいたのではないかと思われてもおかしくない。 ストーカー紛いの事をしていると思われても仕方が無いのではないか。 「おれ、本当に何も知らなくて、白居に誘われただけで、」 (いや、でも必死に言い訳してる方が怪しいか?) 冷静な自分と必死な自分が居る事に何だか訳が分からない。アルコールで脳がきちんと動かず、感情もついてこない。 じわっと目頭が熱い。 笑い掛けて貰っているのに、こんな誤解をされたくは無いし、昨日脳裏を過った様にガッカリされたりなんて嫌だ。 情緒が不安定を全うしている。 「本当、偶然、で」 「うん、そうだろうね」 固く握り締めた掌を細くて長い指がそっと包み込むみたいに重なり、ハルが微笑む。 「ウタ君はそう言う事しないだろうと思ってるよ」 そんな風にハルから言われたら、身体の力が抜けていくのが分かる。 ふにゃっと背中が曲がり、はぁーっと緊張が解かれ、宇汰はヘラリと笑った。 「良かった…です。変な誤解とかされたく無かったし」 「だから、これって運命だと思わない?」 「…は?」 運命? でぃすてぃにー? 「俺達、すごい繋がりって事」 「な、るほど」 一体何がなるほどなのか、自分自身に問いたい。 しかし、もうすこまで頭が回らなくなっていた。 ふわふわ、クラクラ。 気が抜けてしまった為か、少し気持ち良い位にぼーっとし始めた宇汰の頭はもうすっかり酔っ払いのそれ。 「大丈夫?お酒弱かったんだ、ウタ君」 「強くは…無い、です、ね」 ヤバイ。 帰らないと。 取り敢えず今日は礼だけ言って、また電話でも話しましょう、とフラリ立ち上がった宇汰だったが、ハルにそれは遮られた。 「それで帰れる?」
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