理想のオレンジ

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「いや、…帰れるとか、カンケー無く、て、帰らない、と」 「え、面白いね、本当」 何が?どこが? 首を傾げるも、クスクス笑う瀬尾は少し待ってて、と言い残し、再び店へと戻っていく。 その後ろ姿をぼんやり見詰めていた宇汰は何だか現実味を帯びないこの状況にどうしたもんかと息を吐いた。 (瀬尾さんは、ハルさん。ハルさんは、客) (俺の事、も、ウタだって、気付いている) (顔、すげぇ破壊力、声もやっぱり好きだ) (えーっと…え、っと、何だ?) 整理しようと考えてみるも、矢張り纏まらない。 ん?んー? 唸りながら、頭を抱える様に思案する宇汰は傍目に見てもただの酔っ払い。 だが、そうだ、と顔を上げるとズボンのポケットに入れていたスマホを取り出す。 (プライベートで会ったりしたら、今までの関係ってやりづらくね?) (いや、この場合ハルさんがやり辛くね?) (また俺に依頼とか指名とか来る?来なくね?) 「あー…うん、だよな、うん」 愚痴聞きなんて、全く知らない相手だからこそ、何でも話せるのだ。 話を聞いてもらう相手が家族や友人、知人で良いと言うのなら最初から愚痴聞き屋なんて利用しないだろう。 「…だから、最近利用しなかったのかもな」 ストンと府に落ちた、この感覚。 「まぁ、でも、仕方ない、か。コウさんは、ガッカリしそうだけど…」 漏れる長い溜め息と同時に身体の力を抜いていくと益々身体が安定しない。駅までちゃんと行けるか、不安になってくる。 しかも、眠気まで襲ってきたのか、瞼が重い。 「お待たせ」 「…え?」 いつの間に戻ってきたのか、見上げれば宇汰の鞄と自分の物であろうトートバッグを抱えたハルが立っていた。 「荷物これだけだよね。取ってきたよ」 「…あ、すみ、ま、しぇん」 とうとう呂律まで回らなくなったのか、間抜けに出た声。 しかもショルダーが引きちぎれたただの袋をハルに持たせてしまうとは。 二重で恥ずかしさが襲い、宇汰の顔に赤みを増させた。 「行こうか」 「…何処に、っすか」 「俺の車、近くに停めてるから。そこまで歩ける?」 「く、るま?」 宇汰の手を取り、まるで幼い子を連れて歩く様に当たり前に進んでいくハルに流石に酔っ払っている宇汰も大きな疑問と戸惑いを見せる。 「あ、あの、駅反対側、」 「だから、俺が送るって事だよ」 「え、え、送る?」 「あっちには俺達帰るって伝えてあるから、安心して良いからさぁ」 (う、わ、ぁ…) 楽しそうな間延びした声に、こちらに向ける流し目。 ぞわり、ぞわりと脇腹を刺激するそれに宇多の持っていた知識の中にあった安心と言う単語が全く違う物に感じてしまう。 (た、倒れそう…) 凶器だ。この人は全身凶器だ。 元々ハルの声に強火に悶えんばかりだった宇汰にとって、顔面要素が足された事により、それはもう直視する事も難しい。 尤も、駐車場に着いた頃には、酔いが完璧に身体を支配してしまい、物理的にも直視が難しくなっていたが。 「ウタ君の家ってどの辺?答えられる?」 助手席に乗せられ、運転席に座ったハルからシートベルトを止めてもらいながら問われるが、口が上手く動かない。 「ウータぁ君?俺の声聞こえる?」 「…あい、どーたん、きょひ、とか、無いんで大丈夫、です…」 「…うん、そうかぁ」 ふふふっと遠くで笑う声がする。 身体に心地よい振動が響きだす。 「この場合って、仕方ないよねぇ」 なんて言葉が聞こえてきたが、それも曖昧な意識の中ゆっくりと消えていく。 やば、ね…むい… 額に掛かった髪をかき分けられるみたいに指が触れる感覚を最後に、宇汰は眼を閉じた。 ***** 『はぁ?百舌鳥君、今フリーなんでしょ?それで何で付き合えないのよ』 『いや、だから、今彼女とか必要無くて…』 『必要無いのは今なんでしょ?付き合ってみたら必要だった、良かったぁ、って思うかもしれないじゃないっ』 『…無いと思う』 『あのねぇ、私結構百舌鳥君にとったら結構高嶺なのよ。そんな私が告白してるのよ?フるとか頭おかしいって言われるわよ』 『…頭おかしい設定頂きます』 そう言った瞬間、右頬に衝撃が走り、そして痛みに蹲み込んだその上から、 『最低ぇー』 と聞こえてきたが、どっちがだよ、と言いたい。 だから、一方的な奴は嫌いなんだ。 夕焼けがやけに綺麗でオレンジ色した空が理不尽に苛立ちを覚えさせた。 やっぱり付き合うなら好きになった人がいい。青臭いけど、両想いから始めたい。 流石に交換日記からなんて言わないが、お互い初々しく、こんなオレンジ色した空の下、手を繋ぐところから、なんて。 …… ……… 「…………オレンジ?」 目の前に最初に飛び込んできたのは、オレンジ色。 と、言うか、オレンジ色の照明がもたらす天井。
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