見て見ぬ振りする林檎

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いや、全く笑えないからね? 『ハル君、今日はもっと奥に挿れるから』 そう言われて、太腿をぐいっと持ち上げられてから、宇汰は必死で枕を口元に当てていた。 『この一番気持ち良いとこが前立腺だよ。でも、もっと奥行きたいと思って』と不必要な事を教えてくれるのだが、同時に突かれた瞬間宇汰は盛大にイってしまったのだ。 その時の悲鳴にも似た声はこの枕が吸い取ってくれた。功績を称えたい。 ぶれている上に、ふやけた視界。 尻に打ち付けられる振動に耐えきれなくなった身体がずり上がって行くと、容赦無く腰を掴み戻され、脳に電流が走る。 (頭…おかしくなる…) 本当なら声を出したい。 でも、宇汰にだって譲れない事はある。 ご近所付き合いだ。 左隣に住んでいるのは宇汰と同じ大学生。尤も大学で何かを学ぶと言うよりは、遊びたいが為に進学した様で、朝帰りも少なく無く、登校しようとする宇汰とオールで遊びつくして帰宅と言った真反対な状況ですれ違う事もしばしばだが、『いってらぁ~』等と声を掛けてくれる気さくな男だった。 右隣はOLだ。 酒とツマミを近所のコンビニで買っているのを何度か見た事がある。一度だけ、酔っ払って絡まれた事があったがそれ以降挨拶を交わす程度にはなれた。 そんな隣人に聞こえてしまったら、明日からどんな顔して会えばいい? 二人に会わないように生活するなんて無理だろうっ!! 汗一つも美しい男へと葛藤を訴えるも、再び奥を突かれてチョロくもまた射精感が込み上げる。 はぁーはぁーっと肩で息をし、ぶるりと震える脇腹。 「またイきそう?気持ちいい?」 「っ、いい、…は、きもちい、」 だからこそ枕を噛み締めていたのだが、その枕が急に宙を舞ったかと思ったら、ぽてっとベッド下の床へと転げていった。 一瞬何が起こったか分からず、ぽかんと呆けた視線で動線を追っていた宇汰に、 「口寂しい?」 「……な、に」 口の端だけで笑って見せるハルが顔を覗き込む様に身体を近づけてくる。 ぐっと体内の圧がせり上がり、無意識に無くなった枕の代わりに宇汰は掌で口を覆った。 しかし、相手の手の方が早く、宇汰の手は自分の顔の両側に縫い付けられた。 急なその行動に眼を白黒させるが、ハルはそんなの気にしないとばかりにまた腰をゆうるりと動かす。 肌に合わせられたハルの肉体は文句無い仕上がり具合だ。 ガリガリではなく、余計な脂肪等無い、程よく筋肉が付いており、バランスの取れたスレンダーな身体だと改めて思う。 ずんずんと臍の辺りがじわじわと熱を持ち始め、自然と口が開き出す。 声が漏れると脳がパニックを起こしたが、別の感情、と言うか、衝動が生まれた宇汰にハルの声が流れて来た。 「口寂しくない?」 「ウタ君から、言われたいと思ってるから、ね?」 だから脈絡も無ければ主語も無い。 楽しそうにニヤリと笑うその表情も意地が悪いと感じる。 (いや、弁えないと駄目だって…) そう思うのに。 気持ち良さそうな、霞んだ声は、反則だ。 「は、るさん、」 「うん」 「き、…ぃ…キス、したい……です、」 こんな事言うとか、 (この人と、どうなりたいんだ、俺…) そんな思いはハルの口内に消えた。 ***** ふしだらだな。 だるく重い腰を擦り、宇汰は嘯く。 (いや、マジ。本当何してんの…これって大丈夫なやつ…?) 冷静になってしまえば、浩一郎ののほほんとした顔が脳裏に浮かんだ。 客と一度ならまだしも、二度もやってしまった。 事故とかで片付けられない事になったと汗が流れる。 「ウタ君、ご飯食べに行こうよ」 「いや、…あの、」 「何食べたい?」 「…さっぱりしたものが宜しいかと……」 汚れたベッドのシーツを投げ込んだ洗濯機に洗剤を入れている中、背後から宇汰の腹に手を回してくるハルは傍目から見ても楽しそうで、『肉じゃなくていいの?』と笑っている。 (ご飯…位まではセーフ?) セーフも何もアウトな事を既にやってのけていると言うのに、若干現実逃避気味らしい宇汰だが、 「やっぱりさ、連絡先交換しない?」 「連絡先?」 すりすりと頬を合わせてくるハルに視線を向けた。 「ウタ君はバイト辞めたくないみたいだし、でもそうなるとバイト中にプライベートな事を話すのってご法度なんだろ?」 「そう、っすね」 「だから一応俺の中で決めたんだけど、愚痴はバイト中に聞いてもらって、プライベートはこうやって二人の時間作ろう」 「…はぁ」 要領がつかめないのは宇汰の頭の回転が鈍いからなのか、ハルの物言いが独特だからなのか。 「それにウタ君が他の人の愚痴聞いてやってるってのも何か面白く無いよね。バイト中のウタ君とも話したい。だから、仕事とプライベートをきっちり分ける為にも連絡先ってやっぱ必要だなって思ったんだよねぇ」 って事で、とスマホを取り出したハルに促され、宇汰も慌てて自分のスマホを取り出す。互いに番号やアプリに連絡先を入れると、妙にくすぐったい気分になり、宇汰の顔は少し緩んでしまう。
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