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もうすっかり背後に居る彼女達の声に宇汰の耳はダンボ状態だ。
別に興味があるだとか、野次馬根性だとか、昼ドラに夢中になる主婦状態等では無い。
ただ、あまりに自分と重ねてしまい感情移入してしまっているのだ。
眼は文字を見ていても、意識はそちらへ。
ちなみに白居は親指を押さえて先程から煩い。
しかし、そんな騒がしさも全く気にならない程、後ろの声に集中する。
「もう普通に告ればー」
「当たって砕けろって言うじゃん」
「砕け散って何も残らなかったらどうすんのよっ」
「そこまでは知った事じゃないわよっ」
「大体ずるずる流されてるのあんたでしょっ」
「自分で流されて沖まで行ってんのにどうしようなんて知るかって話よ」
飲んでいたコーヒーが口からそのまま流れでそうだ。
痛い。何がなんだか兎に角痛い。
可愛らしい声が図星と書かれた急所のど真ん中を容赦無く襲う。
気分はもう吐血状態だ。
けれど、どこかでこの子とは違うと思いたい気持ちもあるのは確か。
ハルが何故自分を抱くのかなんて、分からないがセフレにするなら、もっと選り取り見取りな筈。
わざわざ男で、しかもデカくて、平凡で。
「やっぱ砕けたくないよぉ…身体の相性バッチリって言ってくれてるだけいいって事にするぅ…」
グフッ!!!
とうとうコーヒーが霧状となり飛び出した。
カフェを出てモヤモヤとする中、足取り重い宇汰を他所に白居がスマホを見て、おっと声を上げた。
「百舌鳥、お前林檎いる?」
「林檎?何、いきなり」
「母親がさ、林檎送ってくれたみたいで。結構量あるみたいだぞ。居るなら、やるけど」
「あー…有難う、余るようならでいいよ」
「おう!」
ニコっと笑う白居に宇汰もふっと笑って見せる。
言い難い不安によって荒んだ心にはこの天真爛漫な友人の笑顔は有難い。たまの空気が読めない感を差し引いたとしても、こういう素直な男に好かれた女は幸せじゃないのかとも本音では思っている。
(マジで素直で羨ましい…)
「でも、林檎ってさあー」
「うん」
「真っ赤な林檎って美味そうだけど、剥いてないと食べないんだよなぁ」
「…え」
「ほら、剥いてまで食べるってしなくね?皮が剥かれてて、きちんと種取ってあって、カットしてないと食わないって言うか」
「あー…確かに、ちょっと分かる気が、」
そう言い掛けて宇汰は一瞬足を止めた。
白居は母親にメールの返信をしているのか、その様子に気付いてはいない。
でも気付かれずに良かったのかもしれない。
真っ赤になってしまった宇汰の顔。
林檎の話に恥ずかしいと、思った。
だって、それはまるで、
(俺…林檎みてーじゃね…?)
赤いままだと食べて貰えないから、自ら皮を取って、種を取って、食べて貰う、なんて。
(本当に…身体の相性がいいだけなのかもしれない…)
自惚れている訳では無い。でも、そう考えたら辻妻が合う気がする。
宇汰はハルに抵抗しない。
無理だと突っぱねる事もしない。
言われるがままに言葉を繰り返す。
全てを肯定する。
声一つで逆らえない。
何故なら嬉しそうに笑ってくれるからだ。
宇汰はそんなただ、ほんの少しの優越感に満足してしまっている。
美味しいと言ってもらえるから、その過程は全て無かった事にして考えない。
だって、そうしないと
(嫌われるかも、しれないって…思うだろ…)
そう考えると、何故か悲しくて、どうしようもない位恥ずかしい。
これではまるで、
「無理…無理だわ…」
自分の気持ち等、理解したくない、絶対に言える筈が無い。
ははっと強張った笑みを浮かべると、スマホが鳴った。
仕事の内容のメールにビクッと身体が揺れる。
ハル、と書かれた文字でじわっと涙が溢れそうになった。
まだ全てに見て見ぬふりをしないと気持ちが保たない。
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