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傘の裏側にある青
定期的に依頼を入れてくるハル以外にも、ボチボチとだが、指名が入るようになった。
延々と会社のお局さんに対して愚痴るOLのユキ。会社の部下から嫌われていると嘆く30代と思われるハシノ。彼女に振られた事を引き摺るアサヒ。
今日はそんなアサヒが鼻を啜りながら、
『忘れたいのに忘れられないのがしんどい…』
と、愚痴るのを宇汰はあまり刺激させぬ様、うんうんと相槌を打ち聞いていた。以前は耳元で大号泣だった彼。その時も彼の琴線にダイレクトに触れぬ様気は遣っていたのだが、今回は少しは落ちついてくれたらしいが、
『ウタさんはさー、忘れられない彼女とか居ないのー?』
逆に向こうからの的確過ぎる質問にギクリと身体を強張らせた。
「い、居ないですね。俺、あまり恋愛経験薄っぺらくて…アサヒさんみたいに一途なのもちょっと憧れます」
はははっと焦りながらも、卒なく、差し障りなく答えたはいいが、
(恋愛…かぁ…)
ズキズキと痛み出す感情。
(恋愛って、言える立場じゃないからな…俺の場合…)
自分の立ち位置も分かっていない。
相手の事だって何も見えていない、分かり得ていない。そんな状況下からか、少しだけアサヒが羨ましいと思ってしまうのは傲慢だろうか。
好きだった、付き合っていたと言う事実があるだけ、そこにちゃんとした形が残っていただけ、
(いいな、って…思うんだよな…)
『俺って…一途かなぁ…』
「はい、そう思います。大事にしてくれそうだし」
『うん、俺好きになった子は大事にするよ、めっちゃ!』
年が近いかも、とは思っていたが物言いが何だか可愛らしく、ふっと笑うとそれが伝わったのか、アサヒも照れ臭そうに笑う声が聞こえてくる。
白居の様に素直な子なのだろう。
浮かぶ友人の笑顔がアサヒとダブり、益々親近感が湧いてくるのを感じた。
「じゃ、次好きになる子の為にも、少しずつ前進できたらいいですね」
『…うん』
そう答える様も矢張り可愛らしい。
こちらも庇護欲、とまではいかないが、応援したくなる。
きっと彼はその内、いい人と巡り合って、いい恋愛が出来るのだろう。
『…ウタさんはさ、好きな人居ないの?』
「うん、」
あぁ、やっぱり羨ましい。
「居ないよ」
*****
最近大きな仕事が入った、2週間位連絡も取りにくいかも、とハルから連絡が来たと同時に梅雨に入った。
ざぁざぁと降る雨に苛々が募り出す宇汰の顔はお世辞にも穏やかとは言えないもので、そんな自分に嫌気が差して、また苛立ちが生まれる。恐怖の無限ループ。
ランチも全く味気ない。
勿論そんな宇汰に気付いているんだか、気付いていないんだか。
「じめっとしたこの天気にも負けないっ!愛さえあれば、心は晴れるっ!カラっとした心を取り戻せっ!!と、言う訳で合コンを開催いたしますっ!!イェイ!!」
「どう言う訳?」
通常営業の白居は元気そうだ。
「もうマジ頼みます、出ましょう、行きましょう、今度こそ参加しましょう。今回は俺を持ち上げてくれるだけでいいんです」
低姿勢に謙った態度の白居に、はぁっとすこぶる機嫌の悪さが滲み出る溜め息をこれ見よがしに見せつけるが、今回の彼は一味違っていた。
大学の食堂のど真ん中で急遽行われるプレゼン。
「まあ、話きいてよ、百舌鳥!今回の合コン。なんとうちのバイト先の先輩が紹介してくれる女の子達なんですっ」
「……へぇ」
うちの会社、と言われてドキッとしてしまうのはもう仕方が無い。そこにハルが居るのだから、条件反射の様なもの。
「俺の熱意に負けてセッティングしてくれてさぁ!忙しい合間を縫って折角先輩が頑張ってくれたんだから、行かないと駄目っしょっ!」
熱意と言うより、執念だろう。
「何で俺まで…」
「友達も楽しみにしてるって言ったからだよっ」
「…誰が何て?」
まさかその友達とは俺のことじゃないよな?
と口程物を言うらしい眼を向けると、テヘペロ的ポーズを返す白居の顔面を鷲掴みした。
「あいたたたたたたた!!!!」
「小顔だな…もっと小顔にしてやろうか」
何をやってるんだ、この男は。
今回の合コンをセッティングしたのはハルの仕事先の仲間内。
と、言う事は万が一、もしかしたらハルの耳にも、この事が入ってしまうかもしれないと言う事だ。
しかも、白居の話だと、友達もノリノリです★と言う事らしい。
友達イコール宇汰
(……マジかよ)
うわぁ…っと額を押さえたが、
(……いや、ハルさんからしたら…どうでもいい事かもしれん…)
付き合っている訳でも無いのに。
自惚れていた。
かぁぁっと恥ずかしさが襲ってくる宇汰は飲んでいたコーヒーのカップを握りしめた。
ざぁざぁと降る雨はやっぱり鬱陶しい。
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