白磁に習う

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白磁に習う

叔父の浩一郎から半ば無理矢理させられている愚痴聞きの仕事を始めて何だかんだ二週間ほど経った。 最初はあれだけ緊張して、見知らぬ人間との電話に慣れなかった宇汰だったが、ご新規さんの依頼を受けたり、指名無しのお客様だったりとそれなりに数はこなしている。その間幸いな事に苦情等も皆無、一方的に苦情を聞き、うんうんと聞き流すだけのモノが殆どだが、一日二件と言う日も少なくは無い。 こんなに需要がある事に、 (世の中愚痴をこぼしてないとやってられないのか) なんて思っていたのだが、実を言うとそれだけではない。 【明日、ハルさん:30分コース:19時30分より】 【このハルさんさ、二日置きとか話してない?しかもご要望で一時間とか作れないのとか問い合わせあったんだけど、この人何者?つか、お前の何な訳?コウさん、少し戸惑ってるよ】 自由人の具現化浩一郎を困惑させる等中々レアだな、って、そんな事考えている場合では無い。 浩一郎からのメッセージを読み、大学の食堂でうどんを啜る宇汰が考えているのはただ一つ。 (………頻度) 浩一郎の言う通り、新規さんに交じりハルとの電話が二日に一回程やってくる。 会社内の仕事内容がだいぶ改善する、と報告してくれた後、これでハルとの連絡は終わりかもしれないなんて思っていたが、改善した、楽になったとまた連絡をくれたハル。 その後、『時間が出来たからね』と今の頻度になった。 だが、さすがにこの頻度になると愚痴を聞く、と言った本来の仕事はあって無いようなもので。 『ウタ君は趣味ってある?』 『年齢とかって聞いていいのかなぁ』 『俺は26歳だよ』 (思った以上に若かった…) いや、そこでは無い。 兎に角、最近ではハルは宇汰の事を色々と聞いてくるようになった。別にそれ自体は悪い事では無い。嫌な気等しないし、煩わしい等思う筈も無い。 優しく落ち着く声音も、耳に心地よい笑い声もイケメン臭を詰め込んだ様な言葉選びも非常に宇汰にとって楽しい時間となっていた。 ガチガチの緊張も無くなり、まるで昔からの友人の様に話せるようにもなった程。 ぶっちゃけ宇汰の愚痴まで聞いてくれる。 けれど、そうして電話を切った後。 (何か変な感じになるんだよなぁ…) 耳に当てていた熱がスッと冷め、さっきまで聞こえていたハルの声が聞こえない自分の部屋。 普通の事だったのに、何だか妙に寒々しく感じると言うか、孤独感が押し寄せてくると言うか。自分の感情なのに理解し辛い。 ハルの声音に甘えさせてくれる錯覚を覚え、親元を離れて今更ホームシックを感じているのかもしれない。 「これじゃ、どっちが金貰ってんだか分かんねぇなぁ…」 「何?金?バイトでも探してんの?」 ちゅるっとうどんを啜る宇汰の目の前に座って来たのは大学で数少ない友人となった白居で、手には本日のランチの親子丼。両手を揃えて『いただきますー』に、『どうぞー』と宇汰が声を掛ければ、白居は満足気に微笑み、それに箸をつけた。 「そうそうバイトと言えばさ、」 「うん?」 「俺先月からバイトしてんじゃん」 「あ?そういや、白居バイトしてるって言ってたな」 天丼を頬張りながら白居はぎゅうっと眉間に皺を寄せ、思わず小声で身をかがめる。 「時給はいいんだけどさぁ、そこの上司とか超おっかなくってさぁ」 「…へぇ」 「実際喋った事とかあんま無いんだけど、すっごい空気ピリピリしてるみたいなんだよー。まぁ、課題があったからここんとこ行けてなかったけど、また今日からー」 「…大変だな」 そういう話を聞くと在宅で出来る愚痴を聞く仕事なんて、矢張りとてもいい条件下でのバイトだ。 見知らぬ人と電話なんて、と思ってはいたが、顔と顔を突き合わせて嫌な空気を吸わなければならない方が辛い。 (あれ?俺って社会人になれる?) 遠くない将来、きっと待っている未来に向けて、実はずっと燻ぶっていた不安が大きくなった気がする。 ***** 課題も終わらせ、今日はハルからの依頼の日。 10分前から握られているスマホは宇汰の掌の中で温められており、明らかに電話を心待ちにしている様子が伺える。 年上の男性との接点等、学校の教師以外今までは浩一郎位しかなかったが、このバイトを始めてそれなりに色々と大人の愚痴を聞いたり、話をしてみた。けれどもハルとの電話が一番楽しいのだから仕方ない。向こうが指名してくれているのもあるが、多分心を開かせるのに長けているのだ。 (もうすぐ…) 震えるスマホをいつもどおりに操作。 「こんばんは、ハルさん」 『こんばんは。ウタ君今日も元気?』 流れてくる声にはいっと返せば、うん、元気そうだね、と笑う声も聞こえる。 『今日も電話しちゃった。ウタ君俺の事飽きてない?』 「そんな筈無いですよ、ハルさんとお話出来て楽しいからっ」 『ははは、百点の回答』 最近はたまにこんな風に意地の悪い質問までしてくる。 画面の向こうのハルには見えない為、ムスッと頬を膨らませる宇汰を知ってか知らずか、完璧に小さい子供扱いして楽しんでいるようだ。
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