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尤も高校1年の夏に25センチ伸びた身長のお陰で小柄に見える事は無い故、プクリとしたところで可愛くも何とも無いのは自覚している宇汰はすぐに、咳払いをすると、
「ハルさんは今日も仕事だったんですよね、お疲れ様です」
労いの言葉を掛ける。
少しでもハルに届けたいのは癒しだ。
『有難う、明日は会議があるから面倒だよ。朝イチからとか勘弁して欲しい…』
「…社会人って本当凄いですよね…大変そう…不安になるわ…」
資料をまとめるのに時間が掛かったらしいハルの愚痴を聞きながら、思い出される昼間の白居との会話。もやっとしていた不安ははっきりと具現化してしまい、宇汰からポロリと言葉として漏れてしまった。
それに反応したらしいハルは、しばらく考え込んだのか沈黙ののち、
『ハル君、大学生だっけ』
「…え、あー…はい」
個人情報は浩一郎から厳禁と言われている為、あまり詳しい事は伝えていないが前に年を聞かれた時に二十歳の大学生だとは教えていた。
覚えてくれていたのが、何だか嬉しい。
口元が緩みそうになるのを抑える宇汰だが、仕事中仕事中と腹に力を入れた。
『そうだよね、社会人になるって不安が大きいよね。学生とはまるで違うし』
「そう、です、ね…人見知りで、あんまり社交的でもないから…緊張しいだし」
『ウタ君て、希望職種はある?』
「うーん…やりたい事あるか、って聞かれたら、実を言うとあまり具体的に無くって、大学も深く考えなかったし」
『そっか。じゃ余計に不安かぁ』
「甘えた学生ですよね…………って…」
(俺また…!)
ハル相手にまたこちらの話をしてしまった。
仕事だと言うのに、自分がハルに話を聞いてもらってどうするんだ。パァンっと勢いよく口元を抑える音が相手にも伝わったのか、『どうした?』と聞こえてくる。
気遣う声。
この暖かい声にやられてしまうのだ。
甘えてしまって、自分の立場を忘れてしまう。
今日こそ、金を貰っている相手なのに、と考えていたのにすっかり失念してしまっていた。時間を見れば、あと15分も無い。
「ご、ごめん、ハルさん、俺の話を聞いてもらってっ!ハルさんの時間無駄にしちゃったっ!」
『え?別にいいよ。何で謝るの?ウタ君面白いね』
うぅぅぅぅぅっと出るのは唸り声。
まるでふわりと肌触りの良い毛布で包まれるみたいな感覚。なのに、含まれる笑声が遠慮なく腰元をくすぐってくる。
ぞわりぞわり。
(やっぱり…この人の声って…)
『ウタ君』
「あ、はいっ!」
いかん、いかん、仕事中だ。
ハルから名前を呼ばれ、ぼうっとした思考を何とか奮い立たせた。スマホを握り直すが、
『白い皿って、何を乗せても合うんだけどさ』
「…皿?」
いきなりの話題に小首を傾げ、間の抜けた声が出る。
『そう、白い皿。形状とかそれぞれ違うから、色々と何を乗せようか考えるんだけど、ウタ君は今その段階だと思うんだよねぇ』
「…はぁ」
『どんな形で模様はどうなのか、何を乗せたら一番美味しそうか。ゆっくりでいいから考えてみたら?自分を客観して見るのって大事だし、決め付けだけに捕らわれないようにね』
「………はい、」
*****
何の話題だと思っていたが、小腹が空いたと食べていたスナック菓子を片手に、スマホの画像を見ていた。
「…白磁、かぁ」
検索した所、白い皿の代表的な陶器として出来てきた白磁の皿。
確かに乗せられた料理を引き立て、より美味しそうに見せているそれに、指に着いた菓子の欠片を舐めながら宇汰は思う。
「…つまり、俺は…今この皿、って事?」
料理は仕事?
『自分を客観して見るのって大事だし、決め付けだけに捕らわれないようにね』
「…………俺、めっちゃ子供じゃんか」
自信の無い自分を慰めてくれたのだとようやく気付き、はぁーっと項垂れた頭を抱える。
結果的に相談に乗って貰った立場となった宇汰。
情けないやら、切ないやら。
もっとハルの役に立ちたいと思うのに、何故こうも空回りなのだろう。
だが、こんな自分をもっと注意深く見ないといけないとハルは教えてくれている。
こんな人間でこうする事しか出来ません、なんて事をもっと客観的に見ろ、と。
(ハルさん、めちゃカッコいい…)
矢張り26歳で会社を立ち上げした男と言うのは何か違うのかもしれない。
同じ男としてコンプレックスをゲシゲシと足蹴にされるのもいい刺激だ。
彼になりたいと言う訳では無いが、近づけたらな、なんて思う程に。
そして、もう一つ思う事。
『ウタ君』
ぞわり、
(やっぱり…うん、あの人の声って…)
めっちゃエロい。
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