桃花香る

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桃花香る

ぱぁんっと両手を合わせて頭を下げる男を一瞥し、宇汰は再びスマホに目を向ける。 いつもの浩一郎からのメールが入っている為だ。 (え…今日は2本入ってる…19時半からハルさんと…22時に…あーこの人前も話した事ある人だ…) 本日はハル以外にもご新規で一度受けた男性が入っている。 前回彼女に振られたのだと、延々その彼女への未練だとか苛立ちだとかを語り、それに宇汰はずっと『そうですね』『分かります』等と差し障りの無い返事を返していた為覚えていた。 だが、宇汰の関心はもう既にハルだけ。 (飯食って、で、ハルさんの電話…終わってから、さっと風呂に入ろ) そうして、この間の礼を言い、今日こそハルの話を聞くのだ。 ハルに色々と教わるのは有難いが客の話を聞かないなんてあり得ない。金銭が発生している以上お勤めはきちんとしなくては。 意気込みも新たに一人頷く宇汰だが、けれどふと思う事がある。 (仕事抜きで…話とか、してみたい…とか、) そうしたら、もっともっとハルの事も分かるし、自分の相談だって当たり前の様に出来るだろう。 食事をしたり、前にハルが言った様に映画を観たりだとか、友人の様に付き合う事が出来たらどんなに楽しいだろうか。 (どんな顔してるとかも、気になる) 明らかに女慣れもしているであろう言動に顔が良いと想像はしているが、あくまで想像。別にそこそこの顔であったとしても、宇汰としてはどっちでもいい。ただただ、気になる、だけなのだから。 優しい声音の人が気になる、それだけーーー。 「あのさ、いい加減こっち見てほしいっ!!」 「白居、まだそこに居たのかよ」 「待ってたっ!3分は待ってたっ!ラーメン出来上がるっ!まさに3分クッキング!」 「…上手くもなきゃ、面白くも無いって可哀想過ぎるだろ、お前」 酷いっ!と煩い白居は先程から両手を合わせていた男。授業終わりにスライディングする勢いでやってきてずっとそこに居る。 溜め息混じりに露骨に嫌な顔を見せているのだが、宇汰の隣に座ると腕を絡めながら振り回す白居は再び頭を下げてきた。 「頼むよぉー、合コン付き合ってよぉー!お前がそう言うの苦手なの知ってるけど、俺も彼女欲しいのぉぉぉぉ!」 「だから、他当たれってっ!俺そんなに暇じゃないんだよっ」 そう。白居は先程から宇汰を合コンに誘っているのだ。何でも待望の狙っていた女子大学生との開催が叶ったらしく、その必死さぶりは流石の宇汰も他人で通したいと思う位。 「誘ったっ!誘ったけど、都合悪いとか、彼女居るからぁとか上から眼線の憎っくき回答されてさっ!俺、藁人形に五寸釘委ねようかと思ってた位なんだぞっ!」 「不幸の手紙くらいに抑えとけ」 出来たら五寸釘を藁人形に打ち付ける友人等見たくはない。きっと可哀想で泣いてしまう。 「百舌鳥ぅぅぅ、行こうよぉ、お前も彼女居ないじゃんかぁ!一緒に男になろうよぉ!」 宇汰に冷たくされてもめげない男白居。 確かに彼の気持ちも分からんのではないのだが、本当に宇汰はそんなに暇では無いし、何より金が勿体無い。それに、 「…俺、別に今彼女必要無いし…童貞の話してんなら、俺もう捨ててる…し」 「は?」 後にも先にも見た事無い、と宇汰の中で語り継がれる白居の顔を真っ正面から拝んでしまった事にしまった…と視線を光の速さで逸らしたが、時既に遅し。 「はぁぁぁぁ!?何それ、いつぅぅ!?聞いて無いっ、知らないっ、そんな筈無いだろぉぉぉぉ!!」 聞き様によっては失礼極まりない事を呪いの様に吐き出す白居に溜め息しか出てこない。 (まぁ…高校時代の話だし…) 通っていた高校の隣接にあった女子高生から付き合って欲しいと告白され、1ヶ月後の事。しかも、それっきりの相手だった。 次の日から連絡しても返事も返して貰う事は二度となく、その上、つまんなかったと言われていたらしいなんて知り、トラウマレベルの童貞喪失だったと言っても過言では無い。 (…あ、やばい泣きそう) けれど、なぜだろう。 あの時の彼女との行為よりも、耳元に残っているハルの声の方が宇汰の脇腹をくすぐるような感覚があった。 (…あれ…俺、もしかして…欲求不満な訳?) 裏切り者には制裁を…とぶつぶつ呟く白居は置いといて、ずっと燻っている熱に今更ながら宇汰は首を傾げた。
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