桃花香る

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合コンの亡霊となった白居はしつこかった。 正気じゃない眼をして勝手に数に入れておくからなぁぁーー!!と叫ぶ友人を無視した宇汰は、家に戻って来たはいいが、何だか一気に疲れてしまった。 (飯…飯食っとかないと…) 米は炊いてたっけ?と炊飯器を開けると茶碗一杯分程残っていた。それを卵とネギで簡単にチャーハンを作る。 一人暮らしを始めてから最初に覚えた料理だ。 ついでにインスタントの味噌汁を添えれば立派な晩御飯の出来上がりとなる。 (あー…もっとたんぱく質の塊食いたいけど…給料出るまで我慢だな) 白居の額に肉とでも書いてやれば良かった。 欲と疲労の苛立ちをぶつけたい衝動に駆られる宇汰だったが、それも19時半にはすっかり消え去る。 『こんばんは、ウタ君』 「こんばんは、ハルさん」 ほんの数時間前までのささくれ立った感情等、最初から存在していなかった様にドキドキとハルとの電話に対応する宇汰の表情は柔らかい。 『ご飯食べた?』 「食べましたよ、簡単なものだけど」 『栄養取らなきゃ駄目だよ。そうだ、ウタ君の大好物って何?』 母親みたいな事言うな、と思っていると急な質問。 (え、好物…?) 「えーと…無難に焼き肉とか…、辛いラーメンとかも大好きですっ」 今食べたい物が脳内にふわんと浮かび、油断すればヨダレでも垂れそうな宇汰に、 『肉かぁ、食べさせてあげたいなぁ』 クスクスと笑うハルの声はどこまでも心地よい。 ずっと聞いていられる、なんてポヤポヤしていたが、次いで宇汰は目を見開いた。 (ヤバいっ!いつもと一緒になるじゃんかっ、今日こそはハルさんの話を…!!) 「ハル…っ」 『こうやって少しずつウタ君の事いっぱい知れて嬉しいよ』 「…え、嬉しい…です、か?」 『嬉しいよ。前にも言ったと思うけど楽しいし、何より癒される気がするからね』 ………… ぱぁぁぁぁぁぁ その一言でモヤモヤとした黒い霧が晴れ、一気に目の前が開けた気がした。 (癒し?俺、役に立ってるって事?) 柄にも無く、生気の満ちたキラキラとした眼に変化していくのを自分で感じ取りながらも、それでも一つ気になる事がある。 「いや、でも、ハルさんの話とか全然聞けてないし、一応そういう仕事だし」 『勿論俺の話も聞いて欲しいけど、今はウタ君の事知りたいしなぁ。あ、やっぱりこういう質問って仕事的にNG?愚痴じゃなくなってるのは確かだし…でもウタ君とは話したいし…迷惑だったかなぁ…』 いいえ、滅相も御座いませんっ!!! 理由の無い土下座を添えて、スマホを握りしめながらそう発する宇汰は他人の眼から見れば相当ヤバい男だろうが、幸い一人暮らし。 良かったね、有難う。 震えんばかりにハルからの言葉を噛み締めながら、独り言ちる。 (マジか。俺癒し系とか言われた事もないのに…) 白居から邪魔にならない系だとかは言われた覚えがあるが。 嬉しいと思う反面、はっきり言って自分が癒されていると宇汰は思う。 今日の疲労感もハルとの電話があるからと思うと不思議と気持ちも上がり、声を聴いたら消えてしまったのだから。 『ウタ君?』 「ハルさん、この間の話有難う御座いましたっ。俺もっと客観的に自分を見てみようって思ってます」 『あぁ、そっか、そんな話したね』 忘れてた、と笑うハルは気を遣ってくれているのかもしれない。つくづく大人の男だなと思う。 だから、 「自分自身の事、ハルさんに教えられる様に理解したいと思います…そこから始めます」 少し気恥ずかしいが、決意したのだから断言しておきたい。 浩一郎からも注意された通り、勿論身バレするつもりも無いので、その辺りは気を付けるつもりだ。 でも、自分の事でハルの役に立つのならば、 『いいね、楽しみにしてるよ』 「はいっ」 自然と笑みも零れる。 ハルがどんな表情をしているかは知る由も無いが、聞かれた事に対してちゃんと答えれるようにしたいなと決意も新たになるのだった。 『あぁ、もう時間になるのか…早いなぁ』 「今日も有難う御座いました。俺もハルさんの声聞けて良かったです」 『そう、嬉しいなぁ』 「これで二本目も頑張れそうです」 『二本目…?今日はこれからまた仕事があるの?』 「あ、すみません、他の仕事の話になってしまって…!じゃ、失礼しますっ、ハルさん、また」 『…あぁ、うん、またね』 ハルの声が少し硬くなった気がするのだが、宇汰は気付かない。 今日もたくさん声が聴けて、話が出来て良かった、なんて思い、また通話ボタンを押した。 何だか少し成長した気がする、とニヤリ笑って。
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