炭酸と弾ける

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炭酸と弾ける

給料日、と言う初めての体験。 父が何年も前に作ってくれていたが、自分ではあまり活用する事のなかった銀行口座に振り込まれた給料を見て、宇汰の口元は緩む。 (レンジ買えそう…!) 大学内でたまたま見つけ激安家電量販店の新聞広告のチラシを大事にクリアファイルに入れてまでとっておいたのだが、とうとう火を噴くときが来たようだ。 浩一郎に礼のメールを入れ、早速次の休みにでも見に行こうと銀行を出る宇汰の足取りは軽やかなもの。 (ついでに…今日は焼き肉でも食うかな…?) あらゆるたんぱく質が宇汰の頭の中を駆け回る。 が、 『肉かぁ、食べさせてあげたいなぁ』 カットインしてくるハルの声。 「……………」 (…ハルさんと…飯、か) 実現出来る事では無いと分かってはいる。 分かってはいるのだが、ぽんと思い出されるのだから仕方ない。 最近ハルとの時間が23時になり、『おやすみ』と言って終わる事が多くなっていた。 すると何故だか分からないが、今まで以上にハルの声が残る様になってしまった気がする。電話が終わり、歯を磨いてベッドに横になる。するとハルの声がいつまでも耳に残り、何だか気恥ずかしさと居た堪れなさを残し、しばらく寝返りを打てばようやっと睡魔が訪れるのだが、一昨日等そのままハルの音声のみが夢に友情出演してくれるまでに。 (…まぁ…、すっごい惹かれる人ではあるのに間違いは無いけど…) ここまでくると流石に自分自身どうしたんだと問いたくなる。 これではまるで… まるで、 (いや、…違う…断じて、ちが、う…) 一人頭を振り、その考えを振り払うが、一つの推測に辿り着く。 でも、もしそうならばハルにバレたら気持ち悪いと思われる、迷惑になってしまうかもしれない。 でも… 認めたくはないが、もしかしたら、そうなのかもしれないと言う懸念はここにきては拭えない…。 (俺って…もしかして…マジで…) 声フェチの変態? まさかの己の性癖疑惑を前に、宇汰は眉間に深い皺を作り出し、小さく鼻を啜った。 ****** 「あー…今度の日曜バイトになったぁ」 ぐでぇっと机に頬を吐き、眉を八の字に垂らす白居。 合コンの為に費やす金銭の為!常々公言していた彼だが、休日だと思っていた日が仕事になってしまったのには多少なりのガッカリ感はあるようだ。 「そう言えば、白居って何のバイトしてんの」 詳しく聞いた事の無かった宇汰がレポートから視線を外さず、何の気無しに問えば、白居はうーんと頭を上げた。 「デザイン会社だな。すげー色んな分野にまで手広げててさ。ホームページは勿論、イベントだとか、レストランの改装もしてるらしいぞ」 先輩の紹介だったんだぁと話す白居は続ける。 「いつもはコピーだの、チェック作業だのをやってるんだけど。んで、今回は子供向けのレストランがオープンするらしくて、その手伝いに来て欲しいってなってさ」 「へえ」 「着ぐるみ着て、子供らに風船配るんだとよ」 「着ぐるみ?ぷっ、何それ、白居適役じゃん」 身長170センチ無く、小柄な白居が着ぐるみを着てちょこちょこ動き回り風船を配る。何だか愛らしくて想像してみたら笑ってしまった宇汰にじっとりとした視線で不満そうな白居は唇を尖らせた。 「じゃあ、お前は何のバイトしてんだよ」 「え、」 まぁ、聞かれるわな。 とは思っていたが、実際問われるとどう答えていいものか。 「何か…電話で愚痴を聞く、って言う…」 「は?愚痴を聞く?電話で?何それ、いかがわしい匂いがするぞっ」 (……………ほらな) 白居の思考回路ならそういう捉え方もすると思っていた、想定内。 「んな訳ないだろ。普通に愚痴聞いてるだけ。相手は男だっているし」 「えーそうなのか。野郎と電話しても楽しくないなぁ。女の子だったら…ヤバい、俺だったら絶対興奮するわ…」 でしょうね。 敢えて突っ込みはしないが、白居だったらそうだろうと、容易に想像がつく。 宇汰も数回女性の愚痴を聞いた事があるものの、興奮等しなかったのは本当に連絡をしてくるのは皆、愚痴を聞いて欲しいとストレスが溜まっている人間が多かった為。疲れているのだな、と真剣に聞いていたつもりだ。 大体『そっち』の仕事ではないのだから、当たり前と言ったら当たり前なのだが、 「でもさ、ぶっちゃけ口説かれたりとかないの?」 どこか期待じみた眼を向ける白居はまだそんな事を言っている。 「ねぇよ。そんな事になったら、クビだし。相手もすぐに利用禁止でブラックリスト入りらしい」 「何それ、超つまんねぇ」 「つまらんくねぇよ、それが普通」 以前浩一郎から一応の注意として、一切お触り禁止風に電話での猥褻行為、出会い系としての利用の場合は客にも、従業員にも厳しい処罰を下すと話はあった。無理矢理させられたバイトではあるものの、浩一郎にも迷惑を掛けぬ様、それなりの常識は持ち合わせている。 「俺だったら、エロいお姉さんと電話でもいいから、いい事してみたいなぁ…」 「欲望に忠実過ぎるだろ」 理性を持て、理性を。 はぁーっとあからさまに呆れ顔を向けた宇汰だが、ハッと気づく。 (……あれ、) タラっと流れてくる汗。 (あれ、…そういや、俺…) レポート用紙をじっと見つめる宇汰の眼が明らかに揺れている。 動揺で。 『癒されるなぁ、ウタ君は』 含まれた笑い声が思いっきり横っ面を叩いてきたかの様な感覚。 (ちゃっかり…ハルさんの声を…エロいと思っていた…よな…) ――――――ぱぁぁぁぁぁぁあんっ 「えっ!!!ちょ、何してんの、百舌鳥っ!!!」 「やっぱり俺のバカぁぁぁぁ!!」 「はぁ!?何、何がぁ!?」 思い切り己の頬を両手で叩きながら、うわぁぁぁんと嘆く宇汰。そして、ドン引きする白居。 こんな宇汰を初めて見たのだから仕方ないのだが、御乱心とも言えるその奇行に一体何があったのだとわたわたと狼狽える。 そして、 「…俺は…破廉恥野郎だ…」 「………は?」 全く意味が分からないと首を傾げるしかなかった。
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