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それは一瞬で離れた為、数回瞬きを繰り返した宇汰は、ぼやっと至近距離でのハルの笑顔を見詰めた後、そのまま首をぎぃーっと動かし、女性の方へと回した。
驚愕で見開かれた眼が自分を見詰めている。
気のせい、
だと、思いたかったがどうも気のせいでもなきゃ暑さにやられた訳でも無い。
「こう言う訳だから、もうこの子にも話しかけないでね」
そのハルの声を頭上で聞きながら、宇汰はこれが現実だとようやっと分かった。
(き、キス…さ、れた…?え、ここ、で…?)
「行くよ、ウタ君」
「へ、…あ、はい、っ、」
くるっと踵を返したハルに続くべく、与えられた衝撃も消化できないまま、宇汰も歩き出すが、最後に後ろを確認すれば、まだ呆けた様に突っ立ったままの女性の姿。
(他に見てる人居なくて良かった…)
そんな事を考えつつ、女性に軽く頭を下げようかとも思ったが、宇汰はそのままハルの跡を追った。
とどめを刺した、と言うのが正しいのだろう。
この暑い中、女性に懇切丁寧に語るのも、面倒だと思ったのかもしれないハルの行動は視覚的にも心情的にもストレートに伝わった筈だ。
(…物理的過ぎるけど……)
しかも、
『こう言う訳だから、もうこの子にも話しかけないでね』
(どう言う訳…?)
ハルの背中を見つめながら、心臓の音が響き渡り、煩いとすら思えるが頭の中で色々と考えを巡らす。
―――ゲイだと嘘を付いて突き放した
―――貴女は趣味じゃないと論付けた
―――……あと、
(俺と…付き合ってる、って言う、意味だった、とか…)
なんて……
そんな事を思ってしまえば、一瞬にして宇汰の背中にぞくぞくとした痺れが流れ、顔どころか身体まで熱を帯びる。
そんな調子に乗った考えは後で痛い眼をみるかも、と自制を規しても期待が上回ってしまうのだから、仕方ない。
想像するだけなら、タダだ。
さっき首の下まで開けたラッシュガードのチャックをもう少しだけ下ろし、空気を入れると少しだけ安堵と涼しい空気を感じたが、目の前の背中がくるりとこちらを向くと、宇汰は思わずびしっと背筋を伸ばした。
「誰も居なくて良かったね」
「え、あ…あ、はい…」
いたずらが成功したみたいな顔で笑うハルに釣られて宇汰も笑みを見せる。
あのキスを誰にも見られなくて良かった、と言う意味なのだろう。
確かに安堵したし、自分でもそう思いはしたが、ハル自身に言われると若干複雑な気持ちになり、何とも言えない。
「あの、すみませんでした…」
「何が?」
「いや、手を煩わせたかなって…」
「はは、大丈夫だよ。それに、」
すっと影が落ち、見上げた宇汰にハルが笑い掛ける。
「ウタ君がちゃんと彼女の手を振り払ったのを見たからね」
「…はぁ」
「だから、俺もちゃんと見せなきゃでしょ」
満面の笑み、の如く嬉しそうなその表情。
少しだけ顔が赤いのは、決して暑さからだけじゃない、と思いたいのは宇汰の我儘だろうか。
じわぁっと目頭が熱くなるのを隠す様に、宇汰もはにかんで笑って見せればそれで満足したのか、ハルは再び歩き出した。
*****
白居と近藤にペットボトルのドリンクを渡し、宇汰はさっさとハルと碧司の待つパラソルへと戻った。
今度は他の社員と沖まで行くと言っていたが、本当に元気な奴だと肩を竦めていると、隣から出て来た掌。
そこに転がっているのは飴玉で碧司がニコッと微笑んでいた。
「さっきサービスで貰ったんだ、食べない?」
毒気のないその笑顔に礼を言い、貰った飴玉の包みを剥がす。
ピンク、水色、オレンジ、マーブル色に染められたそれは口の中に放ると途端に広がる甘い香りと味。
「美味しいです」
「良かったぁ。チカもいる?」
宇汰を挟んで向こう側に居るハルにも声を掛ければ、うん、と声が聞こえた。
「じゃ、百舌鳥君。ごめん、これチカに回して」
「はい」
同じ飴を受け取り、どうぞと差し出せば、読み掛けの雑誌から顔を上げ、しばしその飴を見詰めるハルだったが、
「あーん」
と、口をぱかっと開いた。
それに宇汰だけでなく、碧司もぎょっと驚きに眼を丸くするも、
「ウタ君、食べさせて」
「うぅ、あ、あ、はい…っ」
急いで包みを剥がし、マーブル色した飴をその口に放る。
途中指で触れた唇の柔らかさに、もっと凄い事をやっているにも関わらず、やらしい…なんて思った宇汰を一瞥したハルがニヤリと笑う。
「ちょっとっ!チカっ、そう言うセクハラ紛いは駄目だってっ!」
碧司が赤い顔で眉間に皺を寄せるも、友人は再び雑誌に目を向け、素知らぬ顔。
「もぉ…百舌鳥君、ごめんねぇ」
「いっ、いえ、大丈夫です…っ」
なんていい子なんだろう。
いくら美形とは言え、野郎相手にあーんなんてしたくなかっただろうに。
申し訳なさにまた一つ飴を取り出すと宇汰へとそれを贈呈。
「特別に百舌鳥君には、お兄さんから、もう一つあげよう」
「あは、お兄さんですか。有難う、御座います」
(おっ)
口を開けて笑うのを初めて見た気がする。
年相応に子供っぽい笑い方。
(白居君と違って、どっか落ち着いてる感じあるし、海にも入んないし、もっと冷めてるのかと思ったけど普通の子じゃん)
思わず目を細めた碧司はくすぐったい気持ちになった。
の、だが。
――――――ん?
宇汰のチャックの開いたラッシュガードから、見えたその素肌。
ん?んんんん?
眼を擦り、もう一度見る。
美味しそうに飴を舐める宇汰は暑さから、チャックを開けていた事をすっかり忘れ、碧司の視線にも気付いていないらしい。
スマホを見ながら、何か打ち込んでいる。
その様子を確認し、ぎこくない動きで海の方へと何とか顔を戻した碧司は、真顔で額をそっと押さえた。
(…え?え、え、え、?え?)
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