第一章・輪廻の種子、麗しの舞姫

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 こんなにも恵まれた容姿を持ちながら彼女の表情は曇り、宝石のような瞳は輝きを失っていた。 「もし、この世界で目が覚めていなかったら、わたしは今もPCを前に仕事をしていたのかな・・・」  ぽつり、鏡の中の自分に問う。    ねぇ、信じられる?  わたしが人前で肌を晒して踊っているなんて・・・。 ―――わたしの今の名前はアイーダ。  その前の名前は鈴木みつ子。  日本で生まれ日本で育ち、高校卒業後地元の中小企業でOLをしていた。  あの日、取引先に書類を受け取りに行って、土砂降りの中、会社に戻ろうと歩いて信号待ちをしていた。 (その後どうしたんだっけ・・・?)  なんで思い出せないんだろう。  どうにも記憶が曖昧過ぎて、思い出そうとしても真っ暗な深い海の底に落としたモノを、手で拾おうとしているみたいだ・・・。  気付いたら、この世界でルンマーン一座の踊り子をしていた。  ぎりぎりぎり。  夢なら覚めろと両方の頬っぺたを思いっきり抓る。 「痛い」  鏡の中から、涙目で頬を真っ赤にした自分が見返してくる。  薄い舞台化粧が滲み、頬紅は重ね塗りした様に赤みが増していく。  よりによって白昼夢でも見ているのかと思って、毎日何度もぎりぎりと頬を抓っていた。  でも、やっぱり頬っぺたが痛くなって赤くなっただけだった。  わたしには今の『アイーダ』として存在し始めた時の記憶が無い。  大抵の人間が『今の自分として存在している事』を認識したのは3、4歳頃、もしくは幼稚園から小学生くらい、それが『今の自分として存在し始めた時』の一番古い記憶ではないだろうか。  でも、わたしはこの世界でアイーダとして育った、幼少期から今日に至るまでの記憶が鋏で切り取ってしまったかのように無かった。
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