序章・散る徒花

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「あー・・・」  暗く重たい雨雲で何重にも分厚く蓋をされた空を見上げる。  げっそりした声は雨に掻き消され、池のようになったアスファルトに落ちて吸い込まれた。  ビルの玄関から外に出ると土砂降りの雨、おまけに雷鳴まで轟いている。  書類を受け取っていると「降って来たよ、大丈夫?」と相手の方に言われ窓ガラス越しに外を見たけど、ここまでとは・・・。 (早く社に戻らなきゃいけないのに)  課長の言いつけで取引先へ書類を受け取りに行っての帰り。  予報では降水確率が20パーセントだったから傘は持ってこなかった。  玄関ロビーのソファを見て雨宿りするか少し考える。 (ロッカーに着替え、あるからいいかな)  いつ雨が止むのかも分からないし歩いて来た距離だし、と思い書類の入った鞄を頭に抱えて雷雨の中に足を踏み込んだ。  案の定ものの数秒で全身ぐしょ濡れになった。  おまけに強い風も吹いて四方八方から雹みたいな雨粒がスーツ越しに全身をビシビシ打つ。  アスファルトに叩きつけられた雨が水蒸気となり視界を遮る。  目にも雨粒が入り込んで痛い。パンプスの中も雨水が溜まって足の裏が滑った。 (あ。信号だ)  視界の先に滲んだ赤の光が現れ少しほっとする。  荒れた天候だと知らない道を歩いている気分になった。  この信号を過ぎれば会社はもう少し。  歩道で待つ間も雨脚は強くなるばかりで濡鼠状態に拍車をかける。  会社に着いたらすぐに着替えないと風邪を引きそうだ。  やっぱり雨宿りした方がよかったかもしれない。そんな後悔が脳裏に浮かんだ。  パッと信号が青のライトに変わる。  雨に沁みる両目を(しばたた)かせて信号を確認し、焦る気持ちと対照的なもたつく脚を必死に動かして横断歩道上線を踏みしめる。  右から眩しい白い双眸が自分目掛けて突進してくるのにも気づかずに―――。
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