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完熟した無花果を頬張りながら窓辺に立つ。
窓の下には丁度大きな聖泉があり、水面で冷やされた風が頬を撫でる。
舞踏で火照った身体に甘い果実と涼やかな風は何よりのごちそうだ。
このひとときは唯一今の世界で好きな時間だった。
雲ひとつない青い空に心を預けていると、下の方から人の声が聞こえてきた。
嫌な予感と共にそっと見下ろすと、沐浴に使われている聖泉で男女が肉交の最中だった。
よく見れば、男の方は今朝ジャスミンが出てきた部屋に泊まっているカービドだ。
(ひと晩ジャスミンとして、奥さんに代わって、また別の女性とって信じらんないっ)
折角のひとときが台無しになり、窓辺に突っ伏した。
「アイーダ?どうしたんだい」
無花果を手にしたルトが隣に立ち、聖泉の男女を視界に捉える。
答えに困りアイーダは目を泳がせた。
「ああ、嫌だよね。ああいうの」
「えっ」
ルトは怪訝そうな声を出し、窓辺に背を向けて凭れ掛り《もたれかかり》無花果を齧り出す。
意外な言葉に顔を上げると彼は話を続ける。
「妻子持ちでありながら他の女性と関係を持つなんて、僕には到底信じられないよ」
「ルトの故郷では違うの?」
「ううん、同じだよ。僕の両親も情婦情夫が何人もいるし、でも僕は嫌なんだ。在り来たりだけど、温かい家庭築きたいって昔からの夢でさ」
「素敵だと思うわ」
「ありがとう、アイーダなら僕の考えに同感してくれるって思ったよ。鳥だって伴侶が死んだらその後も一生涯独りでいる種類があるんだ。なのに人間である僕らが情欲に溺れるのは良くないと思うんだ。って少し気障だよね」
照れ笑いをする彼になんだか心が温かくなる。
「よかった、同じ考えの人がいて。わたしも生まれはここからずっと遠い国だから、どうしても逗留先やシェラカンドの人たちの慣習についていけなくて。・・・婚姻前に、その」
アイーダとしての幼少期の記憶が無い彼女にとって、生まれ故郷というのは鈴木 みつ子で居た頃の日本を指した。
恥じらいを見せる彼女にルトは優しく答える。
「身体を重ねるのは結婚してからじゃないと。愛し合っているからこそ初夜は意味がある事だと思うんだ。それだけ神聖なものなんだと思う」
その言葉を聞き心が花を咲かせた様に明るくなる。
穏やかに微笑むルトの姿が佐藤と重なった。
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