第一章・輪廻の種子、麗しの舞姫

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『ほんに美しい』 『あれを見るだけでもここに長い間逗留する甲斐があるというものだ』 『あのふくよかな胸、波打つ胴、抱いたら さぞ格別でしょうな』 『あの薔薇のような唇。吸い付きたいものだ』  音楽に混じり耳障りな言葉が入ってくる。 (早く終わって)  彼女は心の中で必死に願った。  踊りに集中すればする程自分の中に入ってきてしまう。  言葉だけじゃない。  男たちの下衆な欲望に飢えた視線が彼女の身体を嘗め回すようにべっとりと張り付いてくる。  下卑た笑みを浮かべ、若い衆から老人までがお役目を忘れただの獣(けだもの)になっていた (気持ち悪い)  ここにいる連中、ここの音、ここの空気、ここの匂い、すべてが気持ち悪かった。  ふと客席を見やれば、この暗闇に乗じて淫楽に興じる男女の姿があった。  一組二組ではない。  女はもう何度も達している様で口が大きく動いている。  幸い客人たちは踊り子に夢中で喘ぎ声も楽器の音に紛れていた。  よく見ると兵や王宮勤めの者までお役目を忘れ淫欲に溺れている。 (最低)  仕事でこの場にいるというのに。  吐きそうな不快感に襲われながらも、自らの役目を全うしようと下劣で淫靡な観客の目線と言葉に耐えながら踊り続けた。  常人には凡そ《およそ》真似の出来ない柔軟な身体で艶かしく。  美しく舞えば舞うほど不本意ながら彼女は男共の欲情を掻き立てた。  女性性を表現するその動きは下劣な男共の目には性欲を満たす対象にしか見えていない。 (この世界の男たちは本当にこんな人たちばかり)  他の踊り子たちも男共の恰好の餌食だったが、彼女たちは色情に満ちた視線と身体の線を誇張する動きをしたりして自らを主張している。 (わたしには、絶対に真似できない)  ゾクッ!!  男も女も色欲に狂う中から、ひとつだけ異なる視線が自分に突き刺さる。  視線の元を辿ると、そこにはこの宴の主催者であるヘサーム王が居た。 (ッ―――!!!)  顔と頭全体をベールで覆い隠しており、その表情は掴めない。  ベールの間から覗く左右色の異なる切れ長の双眸が自分を見つめていた。  瞬きもせず専用の寝椅子に脚を組み頬杖をついたまま微動だにしない。  まるで蛇に睨まれた蛙の気分。  背中に伝う冷や汗を感じながら必死に身体を動かした。  漸く音楽が止まり、舞終わる。群舞の踊り子たちとともに恭しくお辞儀をする。  踊っている時と同様、下劣な視線と卑猥な言葉の中にある、拍手喝采と正当な称賛の声を端々に聞きながら。
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