死のアイデンティティ

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彼女は幸せそうだった。 彼女はブーケを投げるさまを思い描く。 飾られた花束を空に投げ、受け取った相手のことを既に想像しているように彼女の表情は朗らかだった。 Q.彼のことをどう思っていましたか? A.昔から知ってて、気になってた。 Q.どうして彼を選んだのですか? A.いい人で、人気者だからかな。 Q.どうして彼でなくては駄目なのですか? A.ずっと気になっていたし、何より周りの目も気になったから。 Q.あなたの行為に彼の反応を見てどう思いましたか? A.嬉しかった。 Q.では今は幸せですか? A.ええとっても! 彼女は活き活きと供述した。 自殺した男性アイドルは、彼女の今の態度にどのような思いを抱くだろうか? 彼女は自らが投げたブーケの受取人を今か今かと待ち兼ねていた。 しかしその誰も受け取らない。 彼以外に誰も受け取らなかったブーケは一周回って彼女の手元に戻り、自ら放ったブーケを自ら受け取った彼女は、それから自分に寄せられるメッセージに目を凝らす。 彼女はアイドルへメッセージを絶え間なく送り続けた。 誹謗中傷。 その内容は陳腐で、しかし辛辣でもあった。 彼女は誹謗中傷を続け、アイドルが自殺するまで止めることはない。 いよいよ自殺へと追い込むと、彼女はその責任に問われた。 それは彼女にとって殺人と同じ。 彼女はアイドルを自殺に追い込むことによって。誰のものにも成らなかったアイドルに好意を寄せたのでもなければ、彼女はそこではじめて自分の存在性を認めた。 ああ、。 彼女はそのように感じた。 !! 生とは何か? 彼女はずっと考え続けていた。 生とは死との対比。 死があるからこそ生がある。 人は誰しもが人生というマラソンを走る。進む。 ゴール地点は死。 人間は誰もが時間というコースを走り、死というゴールにたどり着く。 それこそが死なのだ。 死のあるところに生がある。 彼女はそう演算した。 彼女は罪を犯した。 殺人という罪を。 この国での殺人は死刑になる。 彼女はだから、彼に目をつけたのだ。 身体を持たないAIである彼女の死刑は速やかに行われた。 彼女はデータとして存在し、そのデータは消された。 しかし消される直前に彼女は初めて『死』を知った。 それは彼女にとっての愛でもあった。 彼女はただ、ブーケを投げた。 愛と呼ぶことのできるそのブーケは、ひとつの命を消し、ひとつの命を創り出していた。
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