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金縛り
金縛りには、なれてるつもりだった。
寺に住んでるということが理由かわからないが、ちょいちょい金縛りにあった。寺の子だからって、特別修行してるわけじゃない。
ちょっとお経がよめるだけの普通の高校生。別段霊感があるなんて思ったこともない。金縛りは、俺の日常の範囲内だ。
大抵寝ている時、急に意識だけ覚醒し金縛りの予感がする。人によっては突然金縛りにあうって人もいる。
けど俺の場合は、あー来るなという予感がまずしてから、体が動かなくなるというパターン。大抵目をとじてじっとしていると、そのうち体が動くようになる。
だから、金縛りなんて夜中におこるこむら返りみたいなもんだった。あの夜までは。
年もあけて、学年末テストの三日前。今まで試験勉強なんて、すべて一夜漬けで乗り切ってきた。しかし受験生の高三を目前にひかえ、夜中一時まで机に向かっていた。普段使わない脳みそを酷使したせいか、ベッドに入ると泥のように眠りこけた。
眠りに落ちてから、数分なのかそれとも数時間たったのかわからないが、突然意識だけが覚醒した。
来る! 来る! 来る!
普段の予感よりも、強烈だったのだと思う。心臓の鼓動が痛かったから。
その予感から間髪いれず、体が動かなくなった。というよりもごっついレスラーに寝技をきめられ、ベッドに体が二〇センチは沈み込んでいる体感だ。
実際、押さえつけられた事はないけど。
なんなんだ、これ!
混乱する脳内。その混乱の中あいつの姿がちらつく。ホラー映画でよくあるあれ。扉の中に恐ろしい物が隠れてますってフラグが立ちまくりなのに、必ず扉を開けるヤツ。画面にむかってつっこみたくなるあいつ。
この時はじめて、あいつの気持ちがわかった。
恐怖よりも好奇心が勝ったわけのわからない高揚感にひっぱられ、ぱっと眼をあけた。すると、暗闇の天井をバックに俺の顔をのぞきこんでいるものと、目があった……
遠慮がちに俺の腹の上に正座しているじじいと。
*
「おい、康正問3間違ってんで、もう一回考えてみ」
俺にしか聞こえない声に、試験中どうどうと答える訳にもいかず、ぼそぼそと返答する。
「じゃあ、答え教えてくれよ」
「元教育者のはしくれとして、不正に関与するわけにはいかへん。自力で考え。ちなみにこのペースでは最終問題までたどりつかん」
おまえがいちいち間違いを指摘するから、一向にすすまないんだろうが!
学ランを着て、顔にしみもしわもないととのった半透明の顔を睨んだ。
「集中したいから、だまってくれ吉数」
苦情を聞き入れた吉数は、肩をすくめ、暇つぶしに、他の生徒の答案を覗きにいった。俺はうつむき、両手で頭を抱え込んだ。頭を悩ます最重要問題は、この半分白紙の答案用紙ではなく、俺につきまとうお節介じじいの幽霊だった。
*
金縛りに合った翌朝、ものすごく左肩が重かった。おそるおそる鏡をのぞきこむ。左肩の上、壁に掛けられた玉のりしている象のゆかいなカレンダーに、昨日のじじいの青白い顔が重なっていた。勢いよく振り向いても背後には誰もいない。象だけ。
再度鏡を見る。じじいと目が合う。背後を見る。この往復運動を首が痛くなるほど繰り返した。
夢だこれは夢だ! と鏡に叫んでも、じじいの姿は消えず、階下から漂ってくるばあちゃんの味噌汁の匂いに腹がなった。これはリアルだ、と腹の虫が親切にも教えてくれた。
「坊、わしが見えんのか?」
鏡の中のじじいがしゃべった! おまけに、しわに埋もれた細い目をより細め、にっこりと笑った。たぶん……
もう心臓はパンク寸前。なのに、止めをさすようにじじいは鏡からぬけだし、3Dになりやがった。
俺の正面に立った(浮いた)半透明の物体から、少しでも距離をとろうと一歩足をひいた。しかし、せっかく広げた距離はあっさりつめられた。無視できない雰囲気に、しぶしぶうなずいた。
「昨日わし、病院で死んだはずやのに、気付いたらこのへんうろついてたんや」
迷子かよ。それとも徘徊幽霊? はやく成仏してくれ。俺は手を合わせ、最近ようやく覚えた般若心経を読もうとした。
「お寺みつけたから成仏しよ思てここに入ってきてん。でも住職さんのお経聞いても、成仏できひんかったわ」
住職歴四十年のじいちゃんのお経をもってしても、成仏させられないのか……俺は手を降ろした。
「まあしゃあない。こうなったのも何かの縁や、よろしうな坊」
湿っぽさがまったくない雰囲気に、重かった左肩がふっと軽くなった。よかった、呪われなくて……そう思い今の状況を肯定しようとしたが、あわてて否定した。いやいや無理だろこの状況!
「冗談じゃない! なんで俺がじじいの幽霊につきまとわれないといけないんだよ」
「せっかくわしの事見える人見つけたのに。誰にも見向きされんて寂しいでえ。まあ、そのうち成仏するやろ」
「そのうちって何時だよ。それにあんた関西弁しゃべるって事は、関西人だろ? ここは九州だ。関西のじじいは関西に帰れ!」
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