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幽霊といっしょ
寝不足と、日常から飛び出したリアルにパニックを起こし、幽霊をどなってしまった。
見ると、しみだらけの手が拳を握りわなわなとふるえている。
やばいマジで呪われる。
「関西弁ちゃう! 京言葉や。いっしょにすんな」
怒るとこそこ? それに九州の人間からしてみれば、どっちでもいっしょだろ。
「それにさっきから、じじい、じじいて。わしの名前は斎藤吉数。数えで八十や。京都からなんでこんなとこまで来たんかわからんけど、わかるまではなれへんからな」
もう呪われたも同然だ。もうすぐ受験生なのに……俺はそう吉数に訴えた。つり上がっていた吉数の目が、重力にしたがい垂れ下がる。
「受験生か、なつかしなあ。図書館で受験勉強してたら、よう女生徒に差し入れもろたわ」
誰がそんな大昔の白黒写真に自分色の彩色した話、信じるか。不信感がにじむ俺の顔を見て、また目尻がつり上がった。
「信じてへんな。今はしわしわじじいやけど、昔は神武以来の美少年って言われてたんや」
なんかどっかで聞いた話だなと鼻をならした。すると、吉数の姿がぼやけてきた。やった、成仏かと思いきや。ぼやけた輪郭は、学ランを着た神武以来の美少年の姿へと変貌した。
「魂だけやと便利やな。どうや、あんたよりええ男やろ」
冴え冴えとした切れ長の目で言われると、何も言えない。どうせ俺はじゃがいもみたいな顔だよ。
こうして見た目は美少年、中身はじじいの吉数に、付きまとわれる生活がはじまったのだった。
生前、関西の某大学の文学部教授だった吉数は、俺の成績をみかねて頼みもしないのに勉強を教えてくれるようになった。ただで大学教授に家庭教師をしてもらえるなんて、ラッキー。とは素直に喜べない。俺のプライベートな時間がほぼなくなったのだ。
「いやー君らみたいなんが、さとり世代って言うんやな。失敗をおそれさとったふりをしている若者。なるほど勉強になるわ」
ようは、二十四時間研究者に観察されているようなもんだ。俺は珍獣か!
*
日曜日の夕方。彼女もいず、部活もはいっていない俺は、家で夕食をとっていた。
「康正、最近勉強がんばっとるな。これなら京都の本山の大学に推薦もらえるやろ」
坊主頭のじいちゃんが自分の茶碗を見ながら、俺に言う。京都の大学にいきたい、なんて一言も言った事はない。進路調査に、大学進学を希望した理由。就職はしたくない。専門学校に行きたいほど、明確な将来の希望もない。
ただ、消去法で大学進学が残っただけだ。
さばの煮付けをつつきながら、俺は何も答えなかった。この寺を継ぐために、本山の大学に行く。それが一番まわりを喜ばせる進路だろう。
そうすべきだと無言の圧力をかけるじいちゃん。いつも跡取りという期待を込めて俺を見る檀家さんたち。
その期待に従うべきだと思う自分と、期待を裏切ってやりたいと思う自分。相反する気持ちが同居する、未熟な己に嫌気がさし、口を堅く結んだ。
「最近夜中まで、勉強しとるな。ぶつぶつ独り言が聞こえるんは、単語でも覚えとるんか?」
返事をしない俺にかわってばあちゃんが会話を成立させる。まさか、幽霊と勉強してますとも言えないので、だまるしかない。
「なんやしけった花火みたいな会話して。せっかくの家族団らんを盛り上げんかいな」
チャコールグレーのスーツに水玉のネクタイを締めた吉数が腕組みをして立って(浮いて)いた。朝の情報番組のキャスターそのままの服装で。今日の気分はスーツらしい。憎らしいほど似合っている。
「昨今バラバラで食事をする孤食が問題になっている。同じ時間、同じものを食べ家族の絆を深め、協調性を学ぶ事ができる家族との食事を大切にしようではないか」
ごちそうさまと一応言って、食器を持って流しに向かった。まだキャスターばりに憂えた自説を展開している吉数の耳元に小声で言った。
「うちは家族じゃなくて、師弟なんだよ」
ばあちゃんが何か言ったかい? と聞きかえしたが、何にもないと言い二階の部屋へあがった。
ベッドに寝転がって天井を見上げる。さっき暖房を入れたばかりなので、室内は暖まっておらず、俺がはいた白い息がゆらゆらとのぼっていく。その暖かな呼吸と、俺をのぞきこむ吉数の顔が重なった。
「なんで同じじじいなのに、吉数とうちのじいちゃんはこんなに違うんだろ?」
生徒の疑問から正解を探し出そうと、先生は眉間にしわを寄せて熟考する。そして、朗らかに回答への道筋を示した。
「俺かって生きてた時は、あんな感じやったな。視野がせまなって、自分の考えに固執してたわ。肉体がなくなって、今は身も心も軽なったって事かな」
自分が今言ったセリフに何かひらめくものがあったのか、吉数は腕組みをする。
「これはひょっとすると人間も質量保存の法則にのっとってるんかも。肉体が燃焼する時に出る二酸化炭素といっしょに、精神の不必要な部分が霧散して……」
思いついた理論を証明するべく、この後一時間ぐらい吉数はブツブツと俺のわからない単語を言い続けた。
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