しらせ

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しらせ

 結局、吉数は成仏しないまま春休みに突入した。進路希望は地元の保育科がある短大に変更した。じいちゃんには保育士の資格を取った後、京都の本山の大学に編入する事で、納得してもらった。  春休みが始まると、毎日園の手伝いをした。保育士には、ピアノ演奏が必須のスキルだ。まったく経験ゼロの俺は、ゆな先生に指導を頼んだ。彼女は心よく引きうけてくれた。  へたな演奏を優斗たちに笑われても、怒る余裕もない。そんな必死な姿をそのうち園児たちは、応援してくれるようになった。  吉数もさすがにピアノのスキルはないようで、うるさいつっこみをいれずただ応援してくれた。あんなに、吉数の成仏を願っていたのに、もうそばにいるのが当たり前のようになっていた。  誰かに見守られている。そんなこと、今までなら鬱陶しいだけだった。でも、その無償の行為によって、自分は一人ではないのだと気づくことがやっとできだ。  もうすぐ年長組の卒園式がある。中央ホールで卒園生の歌の練習に付き合っていると、年少組の先生が俺を呼んだ。じいちゃんから帰ってくるよう、連絡が入ったそうだ。  庫裡へ帰ると、じいちゃんとばあちゃんが出かける用意をしていた。 「康正、出かけるからしたくせい。雅恵のとこいくぞ」  俺に背を向けて言う。雅恵は、一〇年以上会ってない母の名前だ。 「お父さん、そんな急に言っても康正が混乱するだけや」  俺の顔を真正面から見て、ばあちゃんは言った。 「雅恵が事故にあったと今連絡がきた。詳しい状況はわからんけん、いっしょに病院行こ」  俺は行かん。それだけ言って二人に背を向けた。 「康正の名前枕もとで呼んでるそうや。思うところはあるやろうが、今行かんと後悔する」  そう説得するばあちゃんの声から逃げるように外に飛び出し、山門へ向かった。そう言えば寺の敷地から出るのは久しぶりだ。足は無意識にあの桜の木へと向かった。 「康正、どこいくんや。お母さんとこ行かへんのか?」 「今さら会ってどうすんだ」 「お母さんにも会えん都合があったんやろ」 「うるさいな、わかったような事いうな!」  人目を気にせず、大声をあげた。通行人が怪しい目で俺を見る。その視線に腹が立つ。何もかも、腹が立つ。母親を追い出したじいちゃんに。それを止めなかったばあちゃんに。事故を連絡してきた奴に。俺を呼でいる母親に。そして、誰よりも素直に会いにいってやれない自分自身に。  黒々としたアスファルトを、睨みながら歩いていく。すると、ぽつぽつと白い点があちこちに落ちていた。進むにつれ、その点はある中心に向かって集まっていた。見上げるとその中心に、色をとりもどした大桜が立っていた。
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