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VIPルームは、少しばかり人間的な造りになっていた。
ソファ、バーカウンター、壁の装飾品。人間的というより品のない金ぴか趣味・・・
軍服姿の中佐はふかふかのソファで足を組んでスコッチウイスキーのグラスを傾けていた。
「木星まで来て、地球産のスコッチにお目にかかれるとは夢にも思っていまかったよ。失礼していっぱいやらせてもらってるよ。君もどうかね?」
「いや、けっこう」
「ふん、まあそうだろうな」イース・ノースはグラスをテーブルに置き、スウェイを頭のてっぺんからつま先までなめまわすように眺めた。「メタルスーツがだいぶ板についてきたようじゃないか。囚人たちの監督はどんな気分かね」
「あんたはお悔やみを言いに来たのか、それとも観光?」
「仕事だよ、仕事。採掘業務の生産性向上用にアシスタントロボットを試用してもらおうと用意してきたんだ。ところが、ハイパーウイルスⅢに感染してることが検疫所で判明した。30台も用意してきたのに、たった1台の感染のせいで、すべてが隔離棟いきになってしまった」
「そいつはご愁傷様。30台全部、粉々しようか。衛星オディエルナには娯楽がなくてねえ、憂さ晴らしにはもってこいだ」
スウェイは精一杯の嫌味を込めて言った。
「冗談など抜かしてる場合じゃないぞ。わかってるのか、オーギュスト・スウェイ」イース・ノース中佐の顔が険しくなった。「これをよく見ろ」
テーブルにホログラム式の生産性レポートを広げた。
イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト、タイタン、エンケラドゥス、オディエルナ。木星と土星の衛星鉱脈開拓の進捗状況が数値化されたものである。鉱石の産出量、加工生産量、人時生産性、出荷金額等々。
「君んとこの数字がダントツで悪い。問題点を把握してその原因がわかってるのか」
地球上において軍の規模は縮小されており、維持するための政府資金も最低限に抑えられているため、企業をたちあげて不足分を収益にまわしているのだった。イース・ノース中佐は木星土星の経営責任者でもあった。
「採掘は危険な任務なんですよ。サイボーグ改造されていても、本質は人間なんだ。採算ラインに乗るまでは時間がかかる。今、パラジウム鉱床を発見したところでね・・・しかし、ハイパーウイルスが終息するまでは休業したいですな」
「よく、見ろ! この数字はなんだ?」損益分岐点を大きく下回る数値を、イース・ノース中佐は指先で乱暴に弾いた。「話にならん! 地球換算1か月以内に業績を回復させろ。これは経営部最高司令部からの命令だ」
「ハイパーウイルス防御の対策は? あんたらが地球からウイルスを持ちこんだおかげで、こちらも感染者が出た」
「そんな問題はお前の範疇だろ? すでに感染しているサイボーグは破砕溶解処分する通達が地球本社からきているはずだ。残存するサイボーグ囚人に防護マスクをつけさせるとか、電脳コミュニケーションを自粛させればすむことだ」
「あんたは現場のことが何もわかっちゃいないな。だから、あんな大惨事が起きたんだ。五千人の人間が死んだ・・・」
「またその話の蒸し返しか。責任は私だってとったぞ。少将から三階級も降格したんだ」
「ふん、甘いね。おれは健康な臓器をすべて提供して強化サイボーグにされ、オディエルナで終身任務だ。もう地球には帰れない」
「お前と議論はしない。早く持ち場に戻って、任務を遂行しろ。ここでは経営部の存続事業がすべてに優先することを忘れるなよ。以上」
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