雨跡

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「止まない雨は、ありません」 雨音にかき消されそうなかすかな声で彼女は言った。 「ですが、あなたがそう望んでいるのなら雨は止みません」 - 雨粒が地面を叩くたびにぼくはまどろんで、なんだかすべてを忘れていってしまう。ここはどこなんだっけ、とか、なにをしに来たんだっけ、とか。思い出そうとするたびに雨粒が地面を叩いて、ぼくは思い起こすことも億劫で眠りにつく。 何日も、あるいは何か月も、あるいは何年も経ったのかもしれない。 ぼくがふと顔を上げると女の子がひとり顔を覗き込んでいた。 「ずっとここにいるのですか」 ぼくとそう変わらない年に見えたけど、大人びたていねいな言葉で話しかけた。 「言葉も、わすれましたか」 そっと横に座って、それから女の子は雨音に負けないようにぽつり、ぽつりとぼくに言葉をかけた。 雨にずっとあたって寒くないのですか。 雨はずっと降っているのですか。 なぜずっと眠っていたのですか。 どこかに行こうとしていたのではないですか。 「ねえ、帰る場所はわかりますか」 ぼくはようやく言葉が出るようになってきて、「わからない」と答えた。 「帰りたい場所も、なにも思い出せないから」 女の子はじっと空を見上げていた。 「空が晴れているところ、見たくありませんか」 「はれているところ?」 「雨が止んだ空です」 雨が降っていない空をみたことがなかったから、ぼくはわからなかった。 「ほんとうは、止まない雨なんてありません」 かなしそうな顔で、そう言った。 「止まないのだったら、それはあなたが望んだことです」 - 「今日はよく晴れていますね」 暑いのにパンツスーツ姿で女性が病院の前に立っていた。 「どなたですか、とでも言いたげなお顔ですね。でもそれなら任務は完遂です。もう考えなしに川に飛び込むとかやめてくださいよ」 僕はまだわずかに痛む頭の傷をさすりながら、女性の後ろ姿を見送った。 あとから家族にきいたところ、数週間、僕が昏睡状態である間ずっと雨が降っていたのだという。
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