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誘拐。おそらくは刑法225条に値する犯罪ではあるが、果たしてそれは宇宙人にも適応するのだろうか。いいや、多分しないだろう。
幾何学的な模様が刻まれた楕円形の室内を所在なく見渡しても、見慣れた我が家に変わることはなく、どう考えても地球文明のそれとはかけ離れていた。昨夜、アルコールを飲んだわけではない。仮に飲んでいても記憶を失うほど泥酔したことはない。無論、薬物などを服用したことは一度もない。
目をこする。
目をまたたく。
頬をつねる。
床に大の字になって寝転がる。
「はああぁ」
ガラス張りの天井に映る景色は知らない夜空、米粒大ほどの青い星はどう見ても地球。
きっとコレは新手のドッキリに違いない。部屋は前衛的な芸術家が造り、外の風景は最新技術を駆使したモニターだ。昔、面接中に隕石が落ちてくる映像を流すドッキリを見たことがある。そんな至極真っ当な予想は、壁を波打たせながら現れた宇宙人によって木っ端微塵に砕かれた。
一言で言うならば、タコ狐と言ったら良いのだろうか。
床を這う深緑色をした四本の触手。横に伸びた胴体にべたっとした尻尾。細長い顔には四つの耳と四つの目が付いていた。
高さは2メートルはあるだろうか。少し乗っかられただけでも押しつぶされそうなほどに巨大だった。
急いで立ち上がり、反対の壁まで遠ざかる。
闇を掬ったような黒くて大きい四つの瞳が一斉に私の方を向いた。
「…………ッ」
緊張で張り付いた喉では命乞いの言葉すら出ず、小便をもらしてしまう。足の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
そんな私をあざ笑うかのように触手を滑るように動かす宇宙人。
私の前までくると、何かを置いて出て行った。
安堵の溜息をしながら顔を上げると、食べ物のような物と本が置いてあった。
「船長、本当に彼がそうなのですか? 小便漏してましたよ」
「心配ない、地球で一番治安の良い国の一番偉い裁判官だ。我々の星の争いを治めるには法と秩序が必要で、彼にはその伝道者になってもらうのだ」
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