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平穏な日々にも、突如として終わりが訪れる。
その日、両親は家にいなかった。共働きである父親と母親は、仕事の都合で二日間だけ家を留守にすることになっていたのだ。二日間だけなら、子供たちに任せて大丈夫だろうと判断したらしい。
両親の考えは正しい。子供たちの自立のためには必要なことだ。しかし、世の中には想定外の事態が起きることもある。
今回もまた、想定外の事態が起きてしまった。
その時、何が起きたのか。部屋の中にいた俺に詳しいことはわからない。
気がつくと、数人の男が家の中に入り込んでいた。俺は耳を澄ませ、状況を把握することに努めた。
「お嬢ちゃん、金目のものはどこだ?」
男の声だ。金が目当てか。ならば、さっさと金を出しちまえ。そうすれば、こいつらは引き上げる……はずだ。
「わ、わからないです……」
ジュリアの声……あいつの、あんな痛々しい声は初めてだ。泣いてるのか?
何でもいい、早く金を出しちまえよ。こいつら、キレたらとんでもないことしでかすぞ!
「おい、そのガキを痛めつけろ」
待てよ……ガキって誰だ? エリックか? ミシェルか? あんな小さな子に、何する気だ?
その時、悲鳴が聞こえてきた。あれは、エリックの声だ!
さらに、ミシェルの泣く声も!
「もうやめて!」
叫んだのはジュリアだ。こんな状況でも、あいつは懸命に長女としての責任を果たそうとしているのか。
自分も幼い身でありながら、弟と妹を守ろうとしている……。
「いいか、さっさと金目のものを探して持って来い。でないと、弟の指をもう一本へし折るぞ」
男の声を聞いた瞬間、俺は発狂しそうになった──
くそ、なんてことしやがる!
どうすればいいか必死で考えた。だが今の俺には、何も出来ないのだ。動くことも、声をあげることも出来ないのだから。
しかも、事態は最悪の方向に進んでいく──
「いいか、このジョンはな、小さな子が大好きなんだよ。特に、この女の子みたいなのが大好物なんだ……言ってる意味、わかるな?」
ちょっと待て。
どういうことだ!?
「やめてください! ミシェルにだけは!」
ジュリアの声が聞こえた。直後、肉を打つ音。続いて、呻き声。
間違いない、ジュリアの呻き声だ。
恐らく、止めに入ろうとして殴られた──
「いいか、このお嬢ちゃんとジョンは上の部屋に行く。早くしないと、ミシェルちゃんの初めての相手は、このジョンてことになっちまうぜ」
「やめて……お願い、ミシェルだけは……」
呻き声をあげながら、それでも必死で懇願しているのはジュリアだ。さらに、エリックとミシェルの泣く声も──
こんな地獄があっていいのか?
三人の幼い子供が、人間のクズどもに痛め付けられている。なのに俺は何も出来ない。
ただ、黙って聞いていることしか出来ないのだ──
「おいジョン、ミシェルを連れて上の部屋に行け。お嬢ちゃん、さっきも言った通り金目のものを持って来い。早くしないと、ミシェルちゃんは──」
「わがりまじた……ざがじでぎまず……」
涙声で、ジュリアが答えた。だが、それよりも恐ろしいことが起きる……俺のいる部屋に、ミシェルが入って来やがったんだ。
でかい中年男のジョンと一緒にな。
「ミシェルちゃん、お医者さんごっこしようか。さあ、服を脱いで」
ジョンは猫撫で声で言った。だが、ミシェルは震えるばかりだ。その顔は、涙で濡れている──
動け! 動け! 動け! 動け! 動け! 動け! 動け!
半狂乱になりながら、心の中で怒鳴り散らした。必死で体を動かそうと試みる。俺はプロの殺し屋だ。体さえ動けば、こんなクズなど怖くない。三十分あれば、皆殺しにしてやる。
だが、動けない。
こんなのありか?
目の前で、ミシェルがクズどもにひどい目に遭わされるようとしている。なのに、黙って見ていなくてはならないのか?
神よ……いや、悪魔でも何でもいい!
頼む! 俺の体を動けるようにしてくれ!
三十分でいい! 俺を動かしてくれよ!
そうしたら、何でもくれてやる!
俺は叫び続けた。しかし、ピクリとも動かせない。その間にも、ジョンの手がミシェルに伸びる。服を脱がそうとしているのだ。
頼むから、やめてくれ……。
心の中で呟いた時だった。突然、声が聞こえた。
「さっきの言葉、本気かい? 君を動けるようにしたら、何でもくれるのかい?」
はっきりと聞こえた。考える余裕などない。俺は心の中で叫んだ。ああ、何でもやる! だから動けるようにしろ! と。
「わかった。君の願い、叶えよう。ただし三十分だけだ。それが終わったら、君は人形に戻るよ」
直後、俺は奇妙な感覚を覚える。腕が動くのだ──
動ける!
動けるんだ!
俺はすぐさま立ち上がり、床に転がっていたボールペンを握りしめる。
今の俺は、五十センチほどの人形だ。腕力はミシェルより弱い。正面から戦えば、ジョンに負ける。だが俺には、プロの殺し屋だったキャリアと、培ってきたスキルがある。
チャッキー・ノリスをなめんじゃねえ!
俺は、ジョンの背中を素早く駆け上がる。スケベ心に支配されていたジョンは、対応が遅れた。
一瞬あれば充分だ。ジョンの首に、ボールペンを突き刺す。頸動脈に、深く突き刺した。直後、すぐに引き抜く。
大量の血が吹き出した。部屋の中は、血で真っ赤に染まっていく──
ジョンは吠えた。憤怒の形相で立ち上がる。だが、そこまでだった。大量の出血が、ショック症状を起こさせたのだ。ジョンは、すぐに倒れた。その場で痙攣を始める。
俺は、素早くジョンのポケットを探る。この手のバカは武器を所持しているはずだ。予想通り、折りたたみナイフが見つかる。素早く刃を出した。
その時、ドアが開く。現れたのは、人相の悪い二人の男だ。唖然とした表情で、倒れたジョンを見ている。まさか、床に置かれている人形がやったなどと思っていないだろう。
こっちにとっては好都合だ。俺は床を転がり、ナイフで男Aのアキレス腱を切り裂く。
悲鳴をあげながら、男Aはその場にしゃがみ込む。俺は、男Aの眼球にボールペンを突き刺した。そのまま、一気に押し込む──
ペンは脳にまで達し、男Aは死んだ。しかし、まだ終わりではない。
俺は、男Bの太ももにナイフを突き刺した。男Bは喚きながら、俺を蹴飛ばそうとする。その瞬間、俺は蹴りを躱した。と同時に、軸足のアキレス腱をナイフで切り裂く。
男Bもまた、無様な悲鳴をあげた。立っていられず、その場に倒れる。俺は、奴の喉を切り裂いた──
やがて、ジュリアとエリックが上がって来た。何が起きたか理解すると、茫然とした表情で俺を見る。
だが、まだ終わりではない。三十分後、俺は動けなくなるのだ。
動けなくなる前に、やらねばならないことがある。俺はペンを取り、そばにあった画用紙に書きだした。
(これから俺は人形に戻る。そしたら、また動けなくなる。警察が来たら、こいつらが金の分配で揉めて仲間割れしたと言うんだ。俺がやったなんて言ったら、みんな病院に入れられるぞ。絶対に、仲間割れで死んだと言い張るんだ)
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