プロローグ

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プロローグ

 空は深く染まる。  深い青と唯々あった上空は、一見として何もない平然とした空に見える。…しかし、何もないからと言って異常が無いわけではない。何もないからこそ、異常である場合だって存在する。    階段を上がる。屋上へと登り切ると、解放されたドアと共にたびたび棚引く程度の風が入り込む。少し汗ばんだ体を冷やしていく程度。…涼しい風に、少しばかり満足感を得る。  雲一つない。夕明け空。  校舎横。部活棟屋上。学校教諭たちがこぞって喫煙所として活用しているらしい其処には、自分以外の姿は見えない……。  初夏に入った今頃。定例分の上では梅雨が明け、夏らしい空が続いている。    丁度、胸ポケットのスマホが鳴った。  …相手は、見知った人物のよう。  電話の相手はいやに丁寧に、嫌みの込められた言葉が刺す。  そんな相手に対して、私はお決まりの定例分で答えた。 「梅雨が明け、猛暑が続いているようだけど。……君はいかがお過ごしかな?」  異常な暑さに団扇が欠かせないと答える相手。  私は面白そうに振舞い、用件を聞き。少しばかり真面目な声音で答える。 「…っと。早速その話か。…そうだな。」  今まさに起きている状況に関するその話は、詳細は言えないけど公には話せない話。…とでも言っておこう。…幸いにしてここには誰もいない。  真面目な私を知っている教師も。  まじめな私を慕ってくれる後輩も。  …であるからして、ここはこのような話をするには十分すぎる条件を兼ねている。 「アレを置いたのは誰か、あれはどのような意味を持つか。…その理由を真に問うには、推測だけでは心もとない。  相手の性格を理解して。  それの意味を理解して。  九十九パーセントの確率でその意図を持つと推測するには危険な賭けだ。…だが、どうしようもないのならそうするしかなった。………といったところさ。…何?分かりにくい。ああ。理解しても仕方がない話だ。…あれについては忘れていい」  あれは、ちょっとした問題だよ。  そう付け加える。 「今回の話は、そういった話にしようと思うよ。縁(えにし)。…ま、どうであれそういった話に転ぶだろうけどね。状況に時間はない。八日目になる青い蒼い空は、もうすでに始まっている」  夕明空に染まった空を仰いだ。  特に意味の無い。…しかし、少しばかり満足をする。  …不思議なもので、この手の奇行は私らしくないのに。  …私らしくないからこそ。…か。  私は私らしく言葉を続ける。 「ああ。こちらの準備は出来ている。本日の主役に渡すモノを渡せた。もちろん、拙僧には心残りが無い。……強いて言えば、この後に起こる反省会で、醜態を見せないようにしなければ…という思いが強いがけどさ」  反省会をする暇があるか…と電話の相手は答える。  そういわれると余裕があるか分からない。…そんなことをする暇があれば、もう少しましな状況を作れる。…だが、この話しで終わる私には関係が無いな。…ボッチの反省会も、たまには良いかもしれない。 「機械的な部分が多い拙僧にとって、それは少しばかりイレギュラーな話だ。人間性がかなり残っている彼女に任せた方がいいかもしれないがね。…最後まで終えたんだ。これくらいの褒美はもらう事にするよ」  電話の相手は言葉を濁す。  私は、意を返さずに続ける。  肯定的でない言葉に、…私は少しばかり反省する。 「……彼? ああ。たぶん大丈夫だろう。彼の方も準備は出来ている。……君は疑い深いな。…大丈夫さ。彼の方も大抵上手く行くだろう。……彼が信用できないのはわかるがね…。いいかい?縁。彼は…」  柵に寄り掛かる私。  この柵は、年期を思わせないこの建物の中で一番の欠陥品だ。体重が比較的軽い私が多少こうして寄りかかる程度できしみ、嫌な音を響かせる。それが楽しくて何回もスリルを味わうのだが、今コンクリートとキスをするのはごめん被りたい。  運試しで死ぬのは、せめてこの後に取っておきたいのだ。  そんな私は、スリルを味わうのをその辺で止め、暁の日光の下にさらされる。  吸血鬼よりも日光に弱い私は、こうして階段横の壁まで退却を迫られた。  …電話が来ることは理解していたが、もう少しばかり涼しくなっていると思っていた。…これは想定外だと日陰に籠る。 「そういう事だ。触らぬ神に祟りなし………とは違うか。とにかく、拙僧はこれで行く。何か意見は?」  無い。と電話越しの相手は淡泊に答える。  相変わらず感情が薄い彼はいつも通りだ。 「なあ、縁。知っているか?色は他人とは違う見え方をするんだ。拙僧が蒼だと認識しているそれは、君にとって青かもしれない。  …だから、どうした?ということも無いが。…我々にとってのそれらも、他人にとっては違うのではないかと思ってね」  ……そういえば。  こういった話は彼の方が専門だった。…色。についての研究は彼の方が一枚上手であり、事態に対処できる人間の中で彼は異常に優秀だ。…縁は、それをさも当然のように返した。  …私は今更思い出したように振舞う事にする。 「……たしかに。それは君の専門分野だった。専門家に言うのは釈迦に説法。豚に真珠。…なに。無論、語彙で選んで遊んでいるだけだ。意味などないさ。  この話も。  拙僧の言葉も」  言葉は認識しているからこそ意味がある。  …だから、独り言のようなこの話は意味が無いし、これから先必要はない。  これはただの独白であるが、……そうだな。  決意表明に、意味を成すこと位は出来るだろうか?     「……………独白も又、似たようなモノだね」  夕明けは、周囲を染め上げる。  私の表情は、何時も通りに崩れない。  雲一つない空は、晴れやかに青を見せる。  
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