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三百円の誓い
明日は中学の卒業式。
式の練習も終わって、今日は半日で下校だった。
僕はカズをショッピングセンターへの寄り道に誘った。
特に買いたいものがあったわけじゃない。せっかくの空き時間をカズと過ごしたかっただけ。
カズとは小学一年からの付き合いだ。入学して隣の席がカズだった。
家も結構近所とわかり、お互い遊びに行ったり、迎えたりの仲だ。
カズがクラス一背が高くて、僕が一番低いから、凸凹コンビとよくからかわれた。あまりにしつこく言われて僕がべそをかくと、カズが怒って、庇ってくれた。
勉強は僕の方が得意だったのので、夏休みの宿題などはさっさと片付けて、カズに書き写させて、残りの期間は遊びまくったものだ。
長身でイケメンでモテるカズと、チビで眼鏡で童顔の僕のコンビは、九年間の義務教育を終えようとしている。
軽い昼食を摂った後、書店に入って雑誌を眺めたり、洋服を見たり、スニーカーを見たりと、センター内をぶらぶらした。
ジュースを飲んで一休みしていた時、通路の中央に女性で賑わっている一角があった。
「アクセサリー オール三百円」と書いたポップがあちこちに貼ってある。
「ちょっと見てくる」
カズが女性ばかりの中に突っ込んで行った。場所を変えながら真剣に何かを見ている。
カズは何を考えているんだろう。僕にはわからなかった。
どうにも近づきがたく、空になったジュースのカップを手に、座ってカズを待つ。
カズがレジに行った。何かを買っている。
ドキリとした。
誰か女子にあげるのだろうか、明日で卒業してしまうから。
鼓動が速くなって、胃が気持ち悪くなった。
カズが戻ってきた。何だか満足そうな顔をしている。
「もう、いいの?」
ぎこちなく笑う。
「ん、オッケー。帰るベ」
僕は空の紙コップを震える手で捨てた。
長いことショッピングセンターに居たので、家の近くにつく頃には、日は沈みかけていた。
僕は口をきく元気がなく、カズもなぜか黙りがちだ。
カズは何を買ったのだろう。明日誰にあげるのだろう。
頭の中でぐるぐるとそればかり考えている。
カズとは別々の高校に進学する。
一緒にこの道を帰れるのもこれが最後だ。
たまらない。気持ちが押しつぶされそうだ。
児童公園にさしかかった。子どもの頃はよく遊んだが、最近は足を踏み入れてもいなかった。
「ブランコ乗ってくべ」
突然そう言うと、カズがどんどん公園に入ってしまった。僕はカズの考えていることがわからず、しぶしぶついていく。
公園の子ども用ブランコは予想していたよりずっと、地面と座面の高低差がなかった。
成長した脚が邪魔になって僕はうまく漕げない。諦めて隣のカズを眺めた。
カズは立ち漕ぎをしてぐんぐん空に近づいていく。地面と平行になってしまいそうだ。
そのカズが飛び降りた。弧を描いて。ピタリと着地する姿は体操選手のよう。
僕はそんなふうに飛べない。飛べないよ、カズ。
カズが振り向いて、大股で歩み寄ってきた。
「ヒロ、手ェ出せ」
右手を出した。
「反対の手」
左手の手のひらを差し出すと、捻られて甲を上にされた。
カズがごそごそとポケットを探って、何かを取り出した。
その何かがするすると僕の薬指にはめられる。
シンプルな銀色の指輪だった。サイズは自分で調節するタイプらしく、カズが指で押すと僕の指にぴったりはまった。
速くなった鼓動に戸惑いながら、僕は指輪とカズを見比べた。
「カズ、これ……」
「さっき買った」
カズの顔が赤い。きっと僕の顔も赤いはずだ。
突然カズが僕の肩を掴んで向き直らせた。真剣にのぞき込んでくる。
「今は三百円のしか買ってやれないけど、いつか必ず本物を贈るから」
胸が詰まった。なんとか言葉をカズに返す。
「ありがとう」
僕はうれしくてたまらなかった、涙がこぼれそうなくらい。
幸せを噛みしめて左手をさすっていると、カズの胸に抱き寄せられた。
抱きしめられ、顎を持ち上げられて、眼鏡がはずされる。
唇がそっと触れあった。
気が遠くなりそうな喜びに震えながら、僕は思う。
君を好きになってよかった。
公園を出る頃にはすっかりあたりは暗くなっていた。
僕はカズを見上げた。
「明日、カズの分も買いに行こう」
「俺はいいよ」
苦笑いするカズに僕は首を振った。
「誓いの指輪なら、僕も贈りたい」
「……わかったよ」
カズが大きくうなずいた。
夕暮れの中、僕たちは小学校で出会って初めて以来、初めて手をつないで帰った。
――三百円の誓い 了――
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