8.

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今更恥ずかしがるような仲じゃない……? 鷹衛は、爆発的に沸き上がった怒りとも哀しみともつかない、それとももっと目を背けたくなるような醜い感情を、目の前にいる「元」親友に悟られまいと、この十年で身につけた無表情の鎧で覆い隠す。 わかってる、コイツにとってはなんでもないことなんだろう。久しぶりに再会した昔馴染みのシモの世話をすることなんて、一応命の恩人であるわけだし、例えそうでなくても困っている怪我人を目の前にしたら、そのぐらいのこと、躊躇なくやってのけるだろうよ。 例えそれが、鷹衛相手ではなくても。 あれだけ派手に同性と数々の浮き名を流しているのだ、他人の性器を見せられたところで怯んだりもしないんだろう――そんなふうにチラリとでも思ってしまう自分が、酷く下世話で醜悪で、吐き気がするほど気持ち悪い。それは、惨めで醜い、胸の奥にずっとゆらゆらと滾っている謂われのない嫉妬から生まれた色眼鏡だからだ。 鷹衛は、自分の中に渦巻く醜い感情を表に出さないよう内面をピシャリと遮断したまま、目の前で狼狽えたような顔をする久我をじっと見据える。 金持ちのボンボンのくせに、今は飛ぶ鳥を落とす勢いで成長中の会社の社長のくせに、昔からちっとも偉ぶったところのない、おおらかで公平で情け深い男。 自分が相手のためにならないと判断したら、悪役を演じてでも離れてくれる男。 この男は、鷹衛が何にも気づいてないと思っているんだろう。 あの春の日、鷹衛から離れるために暴言を吐いて彼の前から姿を消したことなんて、それが鷹衛のためだとわざと(・・・)そうしたのであろうことを、鷹衛にはあのときすぐにわかったのに。 わかったのに、罪悪感を必死に押し隠して離れていく久我を引き止めずに、敢えて傷ついた素振りで拒絶して見せたのは、鷹衛もまた、そのときの自分が唯一無二の「親友」の側にはいないほうがいい、それが彼のためになると思ったからだ。 被害者なのに、鷹衛の父は何も悪くなくただ理不尽に命を奪われたのに、まるでこちらに何か落ち度があったかのように煽り立てるマスコミの過熱報道や世間からの好奇の目が、鷹衛たち父子だけでなく、久我財閥の三男という立場の祥介にまで及んだら。そんなことになったら、そうでなくてももう何を信じて生きていけばいいのかわからないほど全てに疲弊しきっていたあのときの鷹衛には、たぶん耐えきれなかっただろう、それでも生きていかなければいけないことに。 だから、何を思って久我が、鷹衛と離れることが鷹衛のためになると判断したのかまではわからなかったけれども、彼が言いたくもない暴言を吐いて二人は離れたほうがいいと決断したのなら、それに乗っかるのは吝かではなかったわけで。 だけど、決して。 離れたいわけでは、なかった。 赦されるのなら、トモダチ、というポジションで構わないから、ずっと隣で笑い合っていたかった。レンアイ的な好意を返して欲しいとか、そんなだいそれたことは望まない、ただ側にいるだけでよかったのに。 鷹衛は、母もとうに亡く、父も亡くし、唯一残っていた「親友」さえもあの日、失ってしまって。 過剰な報道は、世間に飽きられてしまえばあっという間に過去のものになる。ああそんなこともあったっけ、懐かしい……だなんて言われる薄っぺらい事件の一つに埋没してしまう。 そうなったら、そっと、偶然でも装って、久我に会いに行くのは許されるだろうか? 鷹衛はそんなふうに思って、ただひたすら、そんな約束もないか細い希望にすがりついて、そうでも思わなければ、そのときの鷹衛には生きることさえも難しくて、だから。 久我が国内のどこにも進学せず、アメリカに行ってしまったのだと知ったときは、その頃にはやっと、父の死やそれにまつわる様々な出来事からなんとか立ち直りつつあったのだが、離れることを選択したあの春の日よりもショックが大きくて。 中途半端にほとぼりが醒めるまでの一時的な別離ではなく、久我は本気で自分から離れるつもりだったのだ、もう二度と会う気がなかったのか、ということが、あの日の暴言は本音だったのだろうか、という疑心を産んで、半身をもぎ取られるような喪失感に突き落とされて。 滲み出てしまっていたのかもしれない、気づかれていたのかもしれない、鷹衛が、ずっと久我を浅ましい気持ちで見つめていたことに。 だから。 ―――キモチ悪ぃんだよ、男同士でベタベタすんなっての ―――まさかさ、アンタも(・・・・)男好きとかじゃねえよな?そーゆーの目当てで俺に近付いたとか、笑えねえから あの日の彼の言葉が、本心からのものだったとしたら。 鷹衛は、もう二度と「親友」のフリをしてそいつに会いには行けない、生涯再会することは赦されないのだ、と、そのとき改めて気づかされてしまって。 それでも、未練がましくずっと、ネットやSNSやら何やらで「久我祥介」の消息を追っていた鷹衛は、自分が立派なストーカーだという認識があった。 いいじゃん、会いに行ったりつきまとったり、何か働きかけたりするわけじゃないんだし。ただ、見てるだけ。それも直接目の前にとかじゃない、画面越しにアイドルを応援してるようなモンなんだし、あっちはそんなこと気づいてもないんだから、それぐらいなら許して貰えるダロ? 心の内で強気にそう自分に言い聞かせて、そうでもしていなければ、また父を喪ったあの日々に逆戻りしてしまいそうな気がして、鷹衛は「久我祥介」を追い続けた。 と言っても、相手は遠く離れた異国の地だ。できることと言えば、せいぜい彼の発信するSNSを覗き見して、元気で過ごしていることを確認しては自分も頑張ろう、と、ひそりと胸の内に偲ばせたお守り替わりにしていたぐらいだったのだが。
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