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つまるところ、鷹衛を刺した刃物男が、久我のSNSに脅迫めいた書き込みを度々していた犯人だった。 犯行理由は、実にくだらなく自分勝手過ぎるもので。 ただ、羨ましかったのだ、と。 久我が、ではない。久我に抱かれる一夜の相手たちが羨ましかったのだ、と、そいつは警察官に告白したのだそうだ。 端的に言えば、その男はゲイで、それも受身(ネコ)のほうで、久我に相手をして欲しくて、度々久我の行きつけのバーにも通っていたのだけれども視界にさえ入れて貰えず、恋心と執着と欲望が拗れに拗れた結果、何とかして久我の気を引ける存在になりたくて、SNSを荒らしたり、脅迫めいた書き込みをしてみたり、最終的に今回の傷害事件へと発展していったのだそうだ。 屈折した愛情表現と言うべきか、単なる妄執と取るべきかはわからないけれども。 「お前は全く、どうして事態をややこしくするようなことばっかりするんだ!」と、駆け付けてきた由利には散々説教をされた。 「新宿(あっち)方面行ってないみたいだから大人しくしてるのかと思ったら、遊ぶ場所を変えただけで、ハッテン場でもなんでもないとこで遊び相手捕まえてるとか節操なしか、ああ、いや、節操なんて言葉、そもそもお前の辞書に載ってないんだったな」 「お前の言うとおり、いつもの店には行ってなかっただろう?あの界隈にも近寄らなかったし?なのに、何をそんなに怒ってるんだか」 シラッとそんな返事をしたら、彼の顔が般若の形相になったので、久我は、悪かったよ、と肩を竦める。 「そもそも、榊原先生と知り合いじゃないって言ってたのも大嘘とか、お前、俺を蔑ろにするのも大概にしろよな?」 本気で怒っている由利からは、洒落にならない殺気のようなものすら感じた。会社をここまで育てるのに、共にくぐり抜けてきた幾つもの修羅場や正念場で実感した頼もしさは、敵に回すとどれだけ恐ろしいか久我はよく知っている。 「だから、悪かったって……鷹衛は、いや、その、榊原先生、は、だから、つまり」 戦友で相棒の男に、それを告白するのが恐ろしく恥ずかしくて、言葉が上手く出てこない。だけど今さら白状しないわけにもいかなくて。 「高校のときの同級生で……その、つまり、俺の、初恋の、相手で」 ずっと、今も、ただ一人心に棲むひと。 ハア、と大きなため息が、由利の口から漏れた。ガリガリと、自身のピシリとセットされた頭が乱れるのも意に介さず、乱暴に掻き毟る。 「お前のドンピシャ好みって、そういうことか」 ますます小言を垂れ流し始めるかと思ったのに、彼は眉間を指で揉みながら仰向いて、再びため息を吐いただけだった。 「……そういうことは、始めからちゃんと言っておけ、馬鹿社長」 変に隠すからこういうことになるんだ、全く。 「とにかく、後のことは俺に預けろ。お前は“初恋の君”のところに行って、何としても口説き落としてこい。もうこれ以上、仕事と関係のないお前の下半身の問題に俺を巻き込むな。いいな?」 久我は、頼りになる相棒にニッと笑って見せた。 「なんだかんだ言って、由利は俺のこと、結構スキだろ?」 でもゴメン、俺ってこう見えて一途なオトコなんだわ。 「アホかっ!キモチ悪っ!お前にだっ、抱かれる俺も、お前を抱く俺も、想像すんのも憚られるわ!」 心底嫌そうにぶるりと震えて自分で自分を抱き締めるように腕を回す由利からそれ以上罵られる前に、と久我は急いでその場を離れる。 相棒の親切に甘えて、今は病院に運ばれた鷹衛の元に、少しでも早く向かいたかった。
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