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「中村、鷹衛(たかえ)?つうか、カッコイイ名前だなぁ、鷹が(まも)るって」 なあ、鷹衛って呼んでいーい? 高校に入学してすぐ、隣の席になった男にそう言われたのを、鷹衛は今も鮮明に思い出すことができる。 窓から注ぐ春の麗らかな光の中で、入学式のときからスゴく目立っていたそのイケてる顔がキラキラと輝くように眩しくて、鷹衛はなんだかドキドキしたのだ。そのときは、それが一目惚れだったなんて気づくはずもなかったけれども。 そもそも、鷹衛は、自分の名前がそのときまであまり好きではなかった。 まだ漢字を習う前の小学生の頃、或いは漢字を習っても他人(ひと)と違うところを粗探しして攻撃したがる所謂中二病的な中学時代にも、「たかえ」という響きが女みたいだ、と大概は揶揄いの対象にされたからだ。 鷹衛は小さな頃から女の子に間違われがちな可愛らしい顔立ちで、小柄な父親ともっと小柄だったという早くに病死した母親に似て華奢な造りの身体つきは、おそらく成長期になっても飛躍的な成長は見込めないだろうとわかっていたし、だからこそ余計に、名前を「女みたい」と揶揄われるのが我慢ならなかった。 彼はその見た目をなんとか男らしく見せようとする努力を惜しまなかったし、名前や外見を「女みたい」と揶揄う相手には、年上だろうが体格差が半端なかろうが関係なく力で対抗しようとしたから、中学時代は随分父親に迷惑をかけたと思うけれど。 父はいつでも彼の唯一の味方で、喧嘩や殴り合いをするたび学校に呼び出されても、相手の親に頭を下げに行かなきゃならなくても、少し困った顔はしたものの、鷹衛を頭ごなしに叱ったりはしなかった。彼が抱える葛藤をちゃんとわかってくれていたのだ。 お前の名前は父さんと母さんで一生懸命考えてつけた名前なんだから言いたい奴等には言わせておけばいい。きっといつか、お前の名前に込められた意味も、お前の外見に囚われない本質も、見抜いてわかってくれるひとが現れるから。 そう、何度めかの学校からの呼び出しの帰り道に言ってくれた父のその言葉に、鷹衛は父に対する申し訳なさとキレやすい自分自身への情けなさに苛まれながら、涙を堪えて頷いたのだが。 心のどこかで、人はみんな見た目とか名前とか目に見えてわかりやすいものしか見ないんだよ、と思っていたことは否めなかったのに。 久我祥介、という隣の席のそいつは、いきなり鷹衛のコンプレックスの元を粉砕して、パーソナルスペースの内側に図々しい程の潔さで滑り込んできたのだ。 その、眩しいほど人懐こい笑顔とともに。 この地域で一番の進学校だから校則も緩くて、頭髪や服装――制服はあったわけだが――には全然煩くなかったとは言え、中学までのように周囲から舐められないようにと入学式から髪を脱色して金髪にしてきた鷹衛を、異端児扱いするわけでもなく、物珍しがるわけでもなく、そうやってごくごく普通に接してくるそいつに、鷹衛は、ようやくあの日の父の言葉に心底頷くことができる、と思えたのだ。
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