7.

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この手を、どうしてもどうしても、離したくない。 気がついたら、そう口走っていて。 いや、それはないだろ、まずは謝るのが先だし。 それに、身を挺して庇って貰ったお礼すらも、まだ言えていない。幸い刺し傷はそこまで深くなくて大事にこそ至らなかったものの、そのせいで怪我をして、病院なんか(こんなところ)で過ごす羽目になっているというのに。 そもそも鷹衛の思ってることとか気持ちとか何も聞いてないのに、ナニ身勝手にも程があること言っちゃってんだ? でも、どうしても手を離せないし、離したくないし、そこ譲れないし、ホントこれ、ストーカーよりタチ悪くないか? 自分の醜悪さに激しく嫌悪しながらも、どうしても離せないその手の持ち主をそっと伺い見ると。 彼は、フフッと小さく吹き出していた。 そして、吹き出したことで脇腹の傷に響いたのだろう、イテテ、と顔を顰める。 「だっ、大丈夫か?!」 「イタイに決まってんだろ、ダイジョーブなワケあるかっての、お前庇って脇腹刺されてンだぞ?」 責めるような言葉の割には、どこか楽しそうに、鷹衛はそう言って、久我を軽く睨んだ。 「俺、お前の命の恩人だよな」 どこか満足気に、彼はそう続ける。十年のブランクとかまるで感じさせない、あの事件の前の日々に戻ったかのように、軽く、何か企んでいそうな含みのある悪戯っぽい口調で。 「だから、完治するまで、お前は俺の下僕な」 そんなに手ぇ離したくねぇっつうなら、むしろ、ちょーどイイだろ? 鷹衛のその、悪ガキみたいな笑顔に一瞬見惚れてしまった久我は、言われた内容を上手く呑み込めなくて反応が遅れた。 「は?……え?げ、下僕ぅ……?!」 「そーゆーニブイとこも全然変わってねぇな、祥介。それで社長とか、ホント、お前の会社大丈夫か?」 ちょっとぐらいワルくても、キラキラして憎めない、真夏の太陽みたいなその笑顔。 「わ、わかったよ、その……痛かった、よな?ほんとゴメン、俺のせいで」 「すぐ丸め込まれて納得するし」 ククク、と彼はまた笑って、そして再び、何故かどこか楽しそうに、イテェ、と唸る。 久我は、握っていないほうの手を伸ばして、そっとその脇腹に触れた。力を込めないよう、優しく撫でるようにすると、鷹衛の眉間の皺が緩んだ。 そんな鷹衛を眺めて、久我は小さく息をつく。 「丸め込まれて……って、あのな、お前相手だからだろ、鷹衛。他の奴相手に、そうそう丸め込まれてたら、それこそ社長なんてやってらんねえし」 「まあ、お前よりあの由利とかいう副社長のほうがやり手っぽかったしな……お前はそのまんまでいんじゃね、祥介」 人の話を聞いているのかいないのか。 鷹衛は勝手にウン、と納得して、そして。 「で、早速だけど、下僕シャチョー」 「あのな、下僕やるのはいいけど、呼び方!」 下僕はいいんだ、とまた鷹衛は小さく笑う。と言っても、さすがに懲りたのか、なるべくお腹を動かさないように口許だけを緩めた笑みだ。 「とりあえずさ、枕元だけでもいいから、灯り点けてくんない?」 真っ暗だと眠れない派だから、俺。 「え、でも、病院の消灯時間とかなのに、灯り点けたらマズいだろ?」 変なとこで真面目というか素直な久我は、困ったように首を傾げる。 ハア?と、鷹衛が呆れた声を出した。 「何のための特別室だよ、この馬鹿高そうな部屋、お前が手配してくれたんだろ?相応の差額払ってんだから、灯りぐらい融通利かせてくれるに決まってんじゃん」 お前さ、生粋のお坊ちゃんで、今はガバガバ儲けてる超注目企業の社長のくせに、そーゆー特権階級的な物の考え方、全然しねえのな。ホント、相変わらず祥介は祥介だよな。 鷹衛のその後半の呟きは、彼の口の中だけで消えて、久我には届かなかったけれども。 「あー、そういうモンか。まあそうだよな、同室の人がいるわけじゃないんだし」 久我はあっさり納得して、枕元の灯りだけをさっさと点けた。 「後はどうしますか、ご主人様?下僕に何なりとお申し付け下さい」 彼は、ベッドに横たわる彼だけのご主人様に向かって、優雅に微笑みかけながら尋ねる。 と、何故か少し瞳を見開いた鷹衛は、ツイ、と顔を背けてしまった。 「もう寝るから、邪魔すんな。お前も、付き添い用のベッドとかあんだろ、とっとと寝ろよ」 帰れ、とは言われなかった。 そのことに、凄く凄く満足感を覚えて、久我は密やかに笑う。 側にいてもいいのだ。 それを赦されただけで、涙がこみ上げてきそうなほど、嬉しい。 そして、付き添い用のベッドで寝ろ、と言われたけれども、久我はその命令には従わなかった。 鷹衛の手を握っていたかったからだ。 彼の唯一無二のご主人様は、命令を無視しても、文句を言うことも怒ることもなく、ただ手を握られたまま、いつの間にか穏やかな寝息を立てていた。喋っている間は怪我のダメージをあまり感じさせなかったけれども、本来はもっと修復のために休養が必要な身体だったのだろう。 眠るそのひとを見つめているだけで、その手を握って傍らにいられるだけで、ただそれだけで、久我は、これまでに感じたことがないぐらい、物凄く満ち足りて幸せだった。
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