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8.

翌朝、どうやらベッドに突っ伏したまま眠ってしまったらしい久我は、なんとなくギシギシする身体に鞭打ち、伸びをするように背筋を伸ばしながら上半身を起こした。 肩からパサリと軽い音を立てて何かが落ちる。音の出所を追って床に目線を落とせば、昨夜鷹衛が肩に羽織っていた柔らかそうな生地の薄手のカーディガンが目に入った。寝ている久我に、そのひとが掛けてくれたのだろうか。 手を伸ばして拾い上げる。 そのまま、そのカーディガンをベッドの主に返そうと視線をやれば、しかし、ベッドの上にその姿はなかった。抜け出したばかりなのか、人の形に少し膨らみが残った掛け布団に惑わされて、目覚めてすぐには気づけなかったのだが。 内臓などに損傷はなく、傷もそれほど深くはなかったとはいえ、脇腹を刺されているのだ。絶対安静とまではいかなくても、歩き回ったりして大丈夫なのか。 家族でもなんでもない久我には、当然だが鷹衛の容態についての説明なんてなかったから。 どこへ行ったのか、と幾分青褪めて椅子から立ち上がる。久我が用意した特別個室なるこの病室はムダに広くて、この、鷹衛のベッドが設置されている部屋の他に、控え室というか会議室というか応接室みたいな部屋が一つ、ダイニングキッチンのようなスペースも一部屋ある。 帰れ、と言われなかったから、側にいてもいいのだと勝手な解釈をしたけれども、もしかしたらやっぱり側にいられるのが嫌だったのか。 そんな負の連想に囚われそうになり、落ち込みかける自分を叱咤した。 それぐらい拒否られても当然のことをしたくせに、何思い上がってんだ、久我祥介。 まだ一言も、過去の酷い暴言を謝ってもいないうちに、赦された気分になるほうが間違っているだろうが。 「……やっと起きたのかよ、祥介」 セルフツッコミしながら固まってしまっていた久我は、鷹衛の声にハッと視線を向ける。そのひとは、どうやらトイレに行っていたらしい。病室専用の浴室へと続く洗面所の入り口に立って、呆れ顔でこちらを見ていた。よく見ると、片手に点滴スタンドを握って、それを支えに立っているようにも見える。 「鷹衛、歩いていいのか?」 彼は慌てて、鷹衛の元に大股で歩み寄った。 「トイレ行きたかったんなら、俺を起こせよ。そのための下僕だろ?」 ほら、肩に掴まれって。 本当は抱き上げて運びたかったけれども、傷の位置が位置だけに、変な負荷をかけたり余計に痛い思いをさせてもな、と、ヨロヨロ歩く鷹衛の杖の役割で甘んじることにする。 少し屈んで肩を差し出すと、鷹衛はほんの少し目を見開いて、それから僅かに笑顔を見せる。 「ちょっとやそっとじゃ起きねぇぐらい爆睡してたクセに、何言ってんだか」 ていうか、ホントはまだ歩くのもなるべく止めろって言われてんだけど。 鷹衛がそうモゴモゴと言いつつ、チラリと視線をベッドの下あたりに向けたので、久我もその視線の先を追った。ベッドの下には、尿瓶(しびん)とおぼしき入れ物がそっと置かれていた。 なるほど、それを、寝てたとはいえ久我の前で使うのには抵抗があったのだろう。ワガママを通して傍らで爆睡してしまったせいで、変な気を使わせてしまったわけだ。 「つうか、今更アレ使うのを恥ずかしがるような仲じゃねぇじゃん?」 気まずさを誤魔化そうとして、ウッカリそんな言葉が唇を零れ出た。 その言葉を聞いた途端、鷹衞の顔からスゥっと感情の色が抜け落ちる。それまでいくらかぎこちなくではあったけれど高校の頃に近い懐こさを見せていたその顔が、薄い仮面でも貼り付けたかのような、完全に久我を拒絶する仕事モードの顔になったのだ。 「……今更、な」
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