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―――ホント、どうしようもないな。 久我(くが)祥介(しょうすけ)は真っ裸のまま、ベッドの端に浅く腰かけて、煙草を咥えた。 と言っても彼は愛煙家というわけではなく、普段はほとんど喫煙することはない。煙草を吸うのは、あまり口に合わないセックスを貪ってしまったときだけだ。そして、彼はもうずっと、セックスの後の一服をしなかったことがない。身体を重ねる前はそこそこタイプだと思って口説くのだけれども、抱いてみるとやはり、思っていたのと何か違う、入れて出すだけの作業にしか思えない、つまらない、と急に冷めてしまう。わかっているならこんなふうに遊ばなければいいのに、と自分でも思っていないわけじゃない。それでも、夜な夜な夜の街で一夜を共にする相手を探してしまうのは、胸の奥をジリジリと焦がしている強烈な飢餓感に突き動かされてしまうから。 フーッと長いため息にも似た紫煙を吐き出して、サイドテーブルの上の灰皿にトン、と灰を落とす。 と、背後からヌルリと熱を持った腕が巻き付いてきた。 「なあ、もう一回シない?アンタ相当遊んでるって噂どおり、メチャメチャよかったし」 久我は、今度は紛れもない大きなため息を吐いて、その腕からさりげなく身体を捻って逃れる。 「悪いけど、明日早いんだ……帰る」 ニッコリ笑ってそう言うと、相手はそれほど気を悪くしたようでもなく、ただ少し物足りなげな残念そうな顔をしたぐらいで、アッサリ「そーなんだ……まあ忙しいよな、アンタ、シャチョーさんだもんな」と肩を竦めた。 久我は、こんな行きずりの相手にも知られている程度に知名度のある、今赤丸急上昇中のベンチャー企業の創設者で代表でもある。創設者、と言っても、起業したのはほんの二年前で、会社はまだまだ赤子に等しい歴史しかない。それでも一般に広く認知されるような会社になったのは、久我が時代の流れを読んで、実用化の難しかった新たなシステムの開発に切り込んで、それを形にするだけの人脈と実行力があったからだ。 事業が軌道に乗り、経済界が久我の会社を認め始めると、久我自身もたびたびメディアの取材を受けるようになり、そして彼の、一見華々しい経歴と、経営者として目立つには十分な若さと、何よりそのメディア映えする整った容姿が衆目を集め、つまりキレ者のイケメン若手経営者として、一般にも広く認知されていったわけで。 煙草を灰皿に押し付けて、久我はベッドから立ち上がった。シャワーは煙草を吸う前に済ませている。床に脱ぎ捨ててあった服を手早く身につけ、彼はもう振り返りもせずに部屋を出た。 ドアを閉じる間際に「また誘ってくれよな、アンタの誘いになら最優先で都合つけるから」という声が聞こえたけれども、彼の中ではとっくに「二度めはない」というジャッジが下っている。
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