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カノン
セナはロボットだ。
銀色に輝く腕を持ち、銀色に輝く足を持つ。
その銀色の隙間から所々人肌の様なものが覗く、人型のロボットである。
私は今日もそんなセナの元へ行く。
なんて事のない、ただの世間話をする為だけに。
「セナ!」
私がそう言うと、セナはこちらを振り返りロボットらしい無表情なまま言った。
「また来たの、カノン。」
セナのロボットなのにロボットらしくない低く聴き心地の良いテノールに、自然と口角が上がる。
「また来ちゃった。」
「いつもいつも、飽きないの。」
「飽きない!セナがいるから!!」
セナには家族がいない。
いつも一人で、ガラクタ置き場の隅っこに小さな小屋を建てて暮らしている。
セナには記憶がない。
いつどこで、どうして生まれたのかセナ自身覚えていない。
セナには心がない。
人がどう思うという知識はある。けれどセナ自身が思う気持ちというものがない。
それでも私は今日もセナの元へ通う。
「いたっ!」
突然ぐわんと視界が周り、頭の奥がズキズキと痛み出す。
思わず頭を押さえて、しゃがみ込んだ。
「カノン?」
セナは怪訝そうな声音で、私の名を呼んだ。
ああ、いけない。いつも通りにしなくちゃ。
「大丈夫!ちょっと疲れてたのかな?今日はもう帰るね。」
「そう。」
「また明日来るからね。」
「飽きないね。」
毎日毎日、同じような会話だけを繰り返す。それでも、それだけでも私は満足だった。
セナの元から帰る途中、博士のもとへ寄った。
いつも通り診察をしてもらってから、メンテナンスを受ける。
博士はやれやれと言いたげな顔で溜息を思い切り吐いた。
「いつまで隠すつもりだ?」
落ち着いた博士のその言葉に、私は何も言えなかった。
そんな様子の私に博士はまた溜息を吐いた。
「人間がこの世界に居ないなんて、そういつまでも隠し通せるものではないよ?」
「……人間は、いるよ。」
「セナはもう人間じゃない。カノンがロボットにしたんだろう。」
「……。」
遥か昔、人間とロボットが共存していた時代があった。
戦争をするわけでも、使役するわけでもない。
ただただ共に生きていた夢のような時代があった。
けれどそんな時代も長くは続かなかった。
人が生きれないような環境になってしまったから。
そんな狭間のような時に、セナとカノンは出会った。
毎日のように会い、その都度絆を育んでいた。
ある日、カノンがいつも集まるガラクタ置き場に行くとセナが倒れていた。
慌てたカノンは、セナを博士の元へと連れて行く。
博士は言った。
「人がこの星で生きられる寿命が来たのだ」と。
カノンはどうしてもセナと一緒に生きたかった。だから、セナをロボットに変えたのだ。
その為にカノンの全てを犠牲にして。
「いいかい、カノン。よく聞きなさい。」
そう言って博士は、昔話を思い出していた私の隣に座った。
「カノンの部品の六十パーセントを、セナに使った。今カノンが生きられているのは奇跡なんだよ。」
「うん。」
「何も言わないで、消えて行くつもりか?」
「うん。」
「今のセナの世界は、カノンだけだと言うのにか?」
「うん。」
ごめんね。ごめんね。ごめんね。
セナ。
勝手にロボットにして。
勝手に長生きさせて。
勝手にいなくなろうとして。
セナがこの世から消えそうになったあの日の私と、同じ気持ちにさせてごめんなさい。
次の日も、私は何事もなかったかのようにセナの元へと向かう。
「セナ!」
「来たんだ。」
「来たよ。昨日言ったでしょう?」
「そうだね、言ったね。」
私がガラクタになるまで、私はセナの元へ向かうよ。
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