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池袋の道沿いに立つセレモニーホールの会場を、大勢の人間が埋め尽くしていた。並んだテーブルには点々と料理が並び、秀明が通夜振る舞いを行っている。端に腰掛けた智哉は黙り込んだままだった。
「智哉くん、ありがとうね。」
茶色のビール瓶を持って右隣に座る秀明を見て、智哉は空のグラスを手に取った。透明な容器にとくとくと注がれていく。泡を作り出した秀明に、智哉は言った。
「いえ。むしろすみません。俺が謝るべきでした。」
「はは。ようやく謝ってくれたね。」
お互い頭を下げながら笑う。おそらく秀明は誰よりも優しいのだ。その優しさがうまく佳奈恵に届かなかった。こればかりはあくまで予想だが、何を言ったところでもう彼女は否定も肯定もしない。秀明は最後に軽く会釈し、別の席に向かった。
腹の底を擽るような居心地の悪さは、周りの人間である。
月川第三中学校の同級生たちは酒を酌み交わしながら、まるで同窓会のように思い出話に花を咲かせている。それが智哉にとって腹立たしいことだった。セブンスターを1本抜いて火をつける。中でも怒りを覚えていたのは飯田昌克という元サッカー部の主将だった。
「懐かしいなぁ、ほら飲めよ。」
比較的おとなしい性格の鈴本を叩き、飯田はビール瓶を片手に大きな声で言った。ここは楽しむ場ではなく故人を偲ぶ場である。何故それが分からないのだろうか。飯田は反対側の席に腰掛けていた。
「それにしても小森な、俺あいつとの思い出あんまりないわ。」
またー、と言って周りの女性が囃し立てる。名前も覚えていなかった。
「だってあいつビッチだったろ。同じ学校だけじゃなくて別の中学のやつとも噂あったし。」
「確かにな。結構さ、胸大きかったもんな。」
下品な笑い声が鳴り響く。怒りを押し殺して智哉は唇を噛んだ。
「俺さ、あいつと一度だけやれそうなタイミングあったんだよ。惜しかったわー。」
その時に自分がとった行動は、思いがけないものだった。自分でもうまく理解できないほどスムーズに席を移動し、飯田の真後ろに立つ。足音を聞いて振り返った飯田は、アルコールに負けていた。
「なんだよ、飲み足りないのか。」
2本の指に挟んだタバコは火種が長く、少しだけ広い彼の額にそれを押し付けた。
言葉にならない声でのたうち回り、飯田は酒の勢いに任せて叫んだ。
「何するんだてめぇ!」
有無を言わせず拳を振るうと、奴は力無くその場に倒れこんだ。女性の悲鳴や驚きの声が混じって会場内を埋める。先ほど佳奈恵の胸が大きいと言った男が叫んだ。
「お前何やってるんだよ。」
「ふざけるのもいい加減にしろよ。ここは同窓会じゃねぇんだよ。」
頬を抑えて飯田は上半身を起こした。智哉を見る目は、まるで嘲笑っているかのようだった。唇を切っているのか少しだけ血が滲んでいる。
「なんだよ朝田、お前もあいつとやりたかったのか?」
初めて人をとことん殴り付けたいと感じた智哉は、奴の体に覆い被さって拳を掲げた。
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