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「こちらウーロンハイ、緑茶ハイです。」 店員が何杯目か分からないジョッキが運ばれ、智哉は酔いの回った体を外気で冷まそうとしていた。Tシャツの袖を捲ってキャップを剥ぐ。ドラム缶の向こうで佳奈恵は目をとろんと浮かばせていた。どこか体をくねらせてより露わになる胸の線をこちらに見せている。中学の思い出話も尽き、佳奈恵は言った。 「ねぇ。奥さんってどんな人?」 頭の中で妻を思い浮かべる。おしとやかで、常に気配りができる。素直にそう言おうと思った時、佳奈恵は首を横に振った。 「性格とかじゃないよ。セックスの話。」 まるで言葉が形となって胸を突き刺したかのようだった。今まで美希とのセックスを誰かに話して自慢した経験はない。言葉が詰まりながらも智哉は言った。 「すごく積極的だと思う。普段はおしとやかで近所からの評判もいいけど、毎晩してほしいって言ってくれるし。多分お互い子どもが欲しいから焦っているのかもしれないけど。」 素直な感想だった。特に美希を貶しているわけでもない。夫婦間でセックスに対して積極的であることはいいことだ。佳奈恵は獲物を見るかのようにじっとりとこちらを凝視している。 「それじゃ、奥さんとのセックスは満足してるって感じ?」 この問いに関しても素直に頷く。彼女と体を重ねることに満足していなければ、毎晩することはない。自分でも驚くほど彼女に惹かれているのだ。 「ふーん、いいね。」 きゅうりの浅漬けを口の中に放り込み、やる気がなさそうに咀嚼していく佳奈恵は視線をぐるりと回したかと思えば、いきなり顔を近付けた。 「もちろん。今もなお治療中だからさ、これくらいじゃあまり酔わないんだよね。ちょっとふわってするくらいなら良いですよってお医者さんにも言われているの。だから、これはお酒に任せて言うことじゃないよ。」 赤く照る唇は酒でしっとりと濡れていて、街灯に当たってより光っていた。少し乱れた前髪の奥に水を含む宝石がこちらを見ている。一瞬で惹きつけられた智哉は生唾を飲み込んだ。 「私も、積極的だよ。」 周囲の喧騒が全て遮断されたようで、しっかりと彼女の声が聞こえた。男を誘う艶やかな目。逸らそうとしてもその向こうには膨らんだ乳房の罠がある。逃げられないと悟った動物はこんな感情なのだろうか。 彼女の毒牙が気付けば全身に染み渡り、智哉に出来る行動はただ頷く、それだけだった。
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