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千川駅の前で佳奈恵と別れ、智哉は家路を急いだ。美希はもう寝ているだろうか。というよりかは寝ていて欲しいという願望に近い。智哉は薄暗い夜道で携帯の明かりを浮かばせていた。どのような治療をすれば彼女は助かるのか。乏しい知識を埋め合わせるかのように検索エンジンを立ち上げては同じページを開いては閉じてを繰り返す。何の解決策もなくマンションに到着した。 エレベーターで6階に上がり、外廊下を進んでいく。開錠して扉を開けると薄暗い色が出迎えた。美希はもう眠っている。 足音を立てずリビングに向かうと、テーブルに様々な皿が並んでいた。薄いラップが施され、小さな置き手紙には温めて食べるようにと忠告が記されている。申し訳なさを感じて智哉は小さなため息を漏らした。自分は不倫相手と野外で盛っていたというのに。分かりきっていた罪悪感が拭えない。何故今更不倫を後悔しているのか、自分への苛立ちもあった。 青菜チャーハンにコンソメスープを電子レンジで温め、薄い照明だけを照らして椅子に座る。1人での食事は苦ではないものの、自分の現状を鑑みると異様に切なく思えた。部分的に冷めた米を頬張り、智哉は携帯を抜いた。先ほどまで調べていた食道癌治療の経緯を記したページが、薄暗いリビングの中で浮かぶ。 「あなた。おかえりなさい。」 突然聞こえた美希の言葉に驚きを隠せず、智哉は思わず声を上げた。寝間着のまま美希は佇んでいる。自分の驚きようがおかしかったのか、照れるように笑っていた。 「意外と臆病だよね。残業お疲れ様。」 後ろめたさから目を合わせることができず、智哉は慌てて携帯を伏せた。 「もう。こんな暗いところで食べて、私のご飯まずくなっちゃうよ。」 子どもを嗜めるように言って、美希は後ろから智哉を抱きしめた。微かに背中で感じる彼女の乳房が切なく肌を刺す。 「今夜もする?」 どこか婀娜っぽい声が耳元で鳴る。不倫相手としたから今夜はできない、そんなことが言えるわけもなかった。ゆっくりと米を噛み締めて、智哉は言った。 「ごめん。今日は疲れてるんだ。」 セックスを拒むにしては随分と在り来たりな台詞だなと心の中で呟きながら、申し訳なさに苛まれた。美希は納得してくれたのか、ゆっくりと体を離して言う。 「いいよ、無理しないで。また出来る時でいいから。」 おやすみと一言伝えて、美希は寝室に戻った。 (ごめん、ごめん…。) 誰に謝っているのかも分からず、後悔と米を咀嚼しながら智哉は俯いた。口に運んだ米がやけに塩辛く感じたのは、自分が零す涙のせいだった。
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