私の息子

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 息子は小さな頃から気が弱くて周りに逆らえず、そのせいで小学校でいじめられ、不登校になりかけていた。  それでもある時、クラスに友達ができたと言い出し、その子に会いたいからと学校に行くようになり、今は毎日元気に登校している。  親としては、息子と友達になってくれた子の存在は嬉しい限りで、名前や、どんなの子なのかを必死に聞くのだが、何故か息子は教えてくれない。  それでも気になり、あの手この手で聞き出したところ、名前や見た目の特徴などは決して教えてくれないが、その子と息子は、その子のことを決して話さないという約束をしたということを聞き出した。  いったいどういうことなのだろう。  だって、その子に会うために登校しているなら、相手はクラスメイトか、そうでなくても、少なくとも同じ学校の児童の筈。  担任に聞くなどすれば、何年何組の誰なのかはすぐ判ることだ。  今までは息子の意思を尊重し、話してくれるまではと思っていたけれど、その奇妙な約束がどうにも気になり、担任教師に、息子の学校での様子を尋ねてみた。  すると、息子は、授業はおとなしく聞いているが、休み時間になると教室からいなくなり、次の授業まど戻ってこないということが判明した。  念のため、他の教師陣にも、休みに息子がクラスに行ってないか尋ねてみたが、どうやらどこの学年のどの教室にも息子は足を向けていないらしい。  いったい息子は、学校のどこで誰と会っているのだろう。  もしや、校外から忍び込んで来ているおかしな人を『友達』だと信じ込んでいるのではないだろうか。  そう思ったら不安が募り、息子に改めてその子のことを尋ねようと決めた日、息子の方から、明日、友達を家に連れてきたいと言われた。  息子の友達はどんな子なのか、それがずっと気になっていたこちらとしては大歓迎で、一も二もなく承諾する。すると息子は嬉しそうに笑って、『明日が楽しみだ』と言った。  さて翌日、息子の帰宅時刻に合わせて支度をしていると、あらかじめの予定通り、玄関のチャイムが鳴った。  息子一人が帰って来るなら必要はないけれど、今日は友達を連れてくるのだ。だからこちらも心構えのため、帰った時、チャイムを押してと言っておいたのだ。  玄関に向かい、息子を出迎える。するとそこには息子の姿しかなかった。 「お友達は?」 「いるよ」  息子はそう言うが、開けた扉の付近には誰の姿もない。  いったいどこに友達がいるのか、そう問おうとした時、どこからか声が聞こえてきた。 「初めまして。僕、〇〇くんと仲良くしているモノです。いきなりですみませんか、僕と出会ったことで、○○くんは生まれ変わったようになりましたよね?」 「え? ええ、まぁ…」  相手がどこにいるのかも判らないのに、問われてつい返事をした。その受け答えに相手の声が続く。 「僕と出会ったおかげで、○○くんは立ち直り、今はこんなに元気に学校へ通えている。でももし僕がいなければ、きっと○○くんは不登校になり、数年後には自ら命を絶っていたことでしょう。つまり、〇〇くんの人生は、もう先のないものだった…だから、今この辺りで僕と交代しても、それはそれでいいんじゃないかと思うんです。だって僕がいなくなったら、○○くんはまた元の状態に戻って、今僕が言った通りの人生を送るだけでしょうから」  この声の主は何を言っているの? 「僕ならそんなことにはならない。〇〇くんの名前も姿もきちんと受け継いだうえで、彼が望んだ通りの幸せな人生を送ることができる。きっと、僕がこののまま消えるより、それは〇〇くんにとって幸せなことだと思うんです。だから、交代してもいいですよね?」  交代って…どういうこと? この、どこにいるかも判らない声の主と息子が入れ替わる?  そんなことできる筈がない。もちろん、できたとしても許可は出せない。 「〇〇くん、これからまた不登校になって引きこもり、数年後にはいなくなっちゃうのか…可哀想だなぁ」  そんなの…ダメ。息子が死ぬなんて絶対にダメ。でも…。 「僕と入れ替われば、今、幸せな状態で消えることができるのに、また辛い思いをするなんて、本当に可愛そうだなぁ」  息子がまた辛い思いをする…そんなのは嫌。でも、だけど…。 「…気づいてますか?」  ? 「自分の心の中の声。僕はさんざん『○○くん』と彼の名を呼んでいるのに、あなたは彼を『息子』としか形容してないこと。…中身が〇〇くんから僕に代わっても『息子』は『息子』。無意識に、『息子』は『〇〇くん』でなくてもいいい…あなたはそう思ってるんですよ」  そんな、こと…。  確かに手がかかるし、気弱すぎて、親から見ても大変だと思うことが多かった。  でも、だけど、そんな…。 「僕なら、決して手のかからない『息子』になれるんですけどねぇ」  そんなことを言われても…そんな言葉に、私は…私…。 * * * 「行ってきまーす!」 「気をつけてね!」  今日も元気に息子が学校へ向かう。  入学早々事故を起こし、しばらく学校を休んだけれど、治ってからは無遅刻無欠勤。  すぐにクラスにも馴染んで友達も多く、毎日楽しそうに過ごしている。  そんな息子を見ているとこちらも幸せな気持ちになるけれど、たまに、頭の中にふとおしかなイメージが浮かぶことがある。  グズグズと泣く息子が、ベッドから出たくない、学校には行きたくないと訴える図。  あの子に限って、そんなことはあり得ない。でもどうしてか、やたらリアルなその映像が浮くたびに、私の胸はキリリと痛む。  きっと、幻とはいえ息子が泣く姿が浮かぶから、それで胸が痛むのだろう。  それ以外理由なんて思い当たらないし…どうしてこんな幻が浮かぶのか判らないけれど、息子が泣く姿なんて見たくないから、一日も早くこんなものを見なくなるといい。 私の息子…完
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