He can who believes he can

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大宮 美幌 宛先:佐和子> Re: 話があるから、一度会いたい 佐和子が大丈夫なら、乗り換えの駅で待ち合わせしよう 日程はなるべく合わせる 大宮くん… あの夏以降連絡を取っていなかったし、学校で見かけても友達といたから、話しかける事も、話しかけられる事もなかった たまに目が合うだけ 一番初期に戻ったみたいだった 年も明け、三学期になる頃には、3年はほとんど学校に行かなくなる 受験の準備があるからだ だから大宮くんとも当然、学校で会わなくなる 最後に学校で会ったのは、卒業式だった そう考えたら 私たちはこうして連絡を取り合い、都合をつけて二人で会っていたんだなとつくづく思った 一旦、メールを閉じる けど直ぐに気になり、また携帯を触ってしまう 返事、なんて返そう 無視することも出来るのに 直ぐに返信のことを考えていた 何となく、話の内容の予測は出来ていた でも話の内容より、私は大宮くんに久々に会えると言う気持ちの方が勝る 話がどうであれ、私は大宮くんに会いたい… 会って、顔を久々に見たい 私は少し考え、返信をした その日の週末 私たちは乗り換えの駅で待ち合わせした 待ち合わせ場所には人がまばらにいたが、遠くからでも直ぐに大宮くんのシルエットがわかる 久々に会う大宮くんは、相変わらずの無気力でアンニュイな雰囲気 変わってなくて、少し笑った 「久しぶり、だね」 「うん…来てくれてありがとう」 会話してみるとぎこちなく、大宮くんと予備校に行った時みたいな感覚になった 大宮くんは、近くに喫茶店があるから行こう、と言うと歩き出す 北口を出て少し歩くと、個人が経営している昔ながらの喫茶店があった 扉を開けると、これもまた昔ながらのベルが鳴る仕組み 古ぼけた、よく言えばアンティークな店内でブレンドを注文する 届いたブレンドを啜ると、大宮くんは神妙な面持ちで話し始めた 「私大、落ちたんだ」 「えっ!?」 意外な言葉が出た 私はてっきり、受かっているかと思っていたからだ 激励をかけようとしていたのに、戸惑ってしまい、言葉を探しあぐねた しかし 「で、藝大…受かったんだよね」 そのセリフを言う最後の方には 嬉しさなんだろう、口元が緩み、目がキラキラと輝き始めていた あ そうなんだ…藝大… 私はそれを聞いた瞬間、お祝いの気持ちより何故か落胆が先に来た 悔しかったんじゃない 多分、浪人するからまだこの田舎町に大宮くんと一緒にいれると、浅はかな希望を持っていたからだ そんな邪な気持ちになった自分が幼稚で、嫌になった きっと大宮くんは”持っている”んだろう かたや、美術科がある高校に入れなかった私 美大に行けない私 大宮くんは芸術の神様に好かれていたんだ ムサタマに落ちたのも、神様が藝大に行かせるためだったんじゃないかな、なんて思った 持ってる人は違う 進むべき道に導かれているんだろう 「凄い…藝大… おめでとう…!」 気持ちを切り替え、素直に言った 大宮くんはその言葉でさらに顔がほころんだ ああ…凄く嬉しそうな顔 それを見たらさっきの邪な気持ちや、あの夏の日みたいな、ジェラシーや喪失感もなくなった 多分、人って 中途半端に身近な存在の人にこそ、そう言う感情が芽生えるけど、自分よりかけ離れた存在の人には、そう言う感情が沸き起こらなくなるんだと思う あまりにも違い過ぎて接点がないように 今の大宮くんの存在が、まさしくそれだった 藝大に受かり、これから大学生活を始めて、私から今以上に、どんどん離れていく 私とは今後、接点などなくなっていくだろう 「いつ、上京するの?」 美大合格が決まったなら、後は上京して向こうで暮らしていくはず 「…明日」 「えっ!?」 急な門出にさっきより戸惑う 明日って… もうすぐじゃないか… じゃあ、今日会うので大宮くんとは最後なの? 「で、明日、佐和子時間ある?」 「え?」 「最後に、佐和子に会ってから行きたいと思って」 最後… 「会わない」 「えっ…」 大宮くんは驚いたような顔をしていた 「私、大宮くんと明日で最後にしたくないから もう会えないなんて、思いたくないから 会わない さよならなんて、言わないから」 さよならなんて、言えないと思うんだ 泣いて縋って、きっとみっともない姿を晒しちゃう 大宮くんみたいになれない、不甲斐ない自分に 大宮くんと離れてしまう、寂しい気持ちに 接点などなくなっていくだろうなんて、本当は強がりなんだ こんなにも今、会えて嬉しいのに いつまで経っても、素直になれない私 「じゃあ、次は東京で会おう」 「え?」 「だって佐和子はこれから漫画家になって、東京に来るでしょう? そしたら、最後なんてないよね」 そうだ… 私は東京に行くんだ 漫画家に成って… 「俺も画家になり、教師になって、待ってるから」 待ってる… 「じゃあ、先に待っててね 私も行くから… いつになるかはわからないけど 漫画家に成って 必ず東京に、大宮くんに会いに行く!」 「うん」 約束のポーズをした 小指を立てて、私を見つめる大宮くん 私はその大宮くんの指に、ゆびきりげんまんをした あの頃は二人で電車を待ちながら、この閑散としたホームにいたね 多分私は、世界で一番大宮くんの横顔を見ている人物だと思う 手を伸ばせば、触れられる距離が当たり前だと思ってた なのに今は こんなにも近くにいるのに、すごく遠いよ 「あ、そうだ、良いものがあるよ」 突然大宮くんが言う 「え?」 「じゃーん、お菓子」 私は思わず笑った 「またあ?もう、相変わらずお菓子好きだね!」 「まあまあ…佐和子が好きなこのチョコレート買って来たんだから、食べて」 口にチョコレートを押し付けられる 「あ、口にチョコ付いちゃった」 親指で大宮くんが私の口元を拭う 側を通った女子高生が私達を睨みつけ、通り過ぎていった 佐和子が好きなチョコレート さっき、大宮くんがさり気なく言った言葉を思い出しながら、嬉しくなる 覚えていたんだね 船の絵が描いてあるチョコレート でも、そんな事も、もうこれからは出来なくなる 甘い筈のチョコレート… なんか今は、苦いよ 大宮くんが乗る電車がホームに入ってくる 停車して扉が開いた 振り向く大宮くん 「じゃあ、またね」 明日も明後日も会えるかのような、セリフ もうダメ… 泣きそう 唇を食いしばって涙を堪えたのに ポロポロ、ポロポロ、目の端から涙の雫が頬を伝ってきた ああ、バカ… みっともない姿を、見せたくなかったのに ふと、視界が暗くなる 抱き締められたんだと、気付くのに時間はかからなかった 見上げると頬を横に伸ばされた 「ほら笑って!ははっ!へんな顔ーっ、はははっ!」 「ううっ…ひほいい…」 つられて笑う 「涙はさ、嬉しい時に流してよ」 嬉しい…時… 私は小さく頷いた 大宮くんは、ふふっと笑うと、電子掲示板を見上げた 「もうそろそろ電車行くから、また東京でね」 私は鼻水を啜って、笑顔を作ると手を振った 「行ってらっしゃい!」 大宮くんも笑顔で手を振った 排ガスのようなものを吐き出した後、電車の扉が閉まる 小さな窓から大宮くんが手を振った 電車が動き出す テールランプが見えなくなるまで、私もずっと手を振り続けた
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