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私、赤羽佐和子(あかばねさわこ)はいつも教室には一番乗りだ
田園風景が広がる、のどかな田舎町
電車は1時間に1本、二両編成
授業の始まる時間に間に合う、丁度いい時間の乗り継ぎ電車がないから、いつも8時前には高校に着く
そこから約1時間、時間を潰してやっと授業が始まる
だから、私は授業が始まるまでの時間を趣味に充てるのだ
大学ノートを広げて、線引きでコマを描いて吹き出しを描いたら
コマの中に、人物や背景を描き込んでセリフを描く
"漫画を描く"
このわずかな時間が、私のリラックスタイムだった
大学ノートに描いている、なんちゃって連載漫画
中学からずっと描き続けている
『佐和子ちゃん、漫画の続き見せてよ!』
そう言ってくれた親友の彼女は、私の漫画の、最初の読者だった
でも中学卒業後
彼女とは別々の高校になってから中々会えなくなり、漫画を見せる機会もなくなってしまった
それでも
絵を描く、兎角、漫画を描く事が好きだった私は、この大学ノートに、誰にも見て貰えない連載漫画を描き続けていた
私の高校には美術室がない
勿論、美術の授業もなかった
入学した時、なによりそれが絶望的だった
『佐和子ちゃんまた入選したの!?』
『すごいー!佐和子ちゃんやっぱ絵が上手だね!』
小学校や中学校でのポスター制作では、よく賞をもらっていた
『赤羽は、…高行かないの?』
『…高?』
『うん、美術科があるんだよ』
『えっ!本当?先生!私行きたい!』
そう言った中学の美術の先生は、私の成績表にいつも満点評価の「5」をくれた
けど、美術だけが良くても他の教科が良くなかった私は、結局美術科のある高校に受験すら出来ず、この底辺高校に入学したのだ
だからいつの日か、この底辺高校で成績上位をキープして、東京の美大に行けたらいいなあ、と思うようになっていた
それにはこの学校でひたすら勉強するしかない
その合間のリラックスタイムが、この大好きな絵を描く時間
私の心の拠り所なんだ…
放課後、私は挨拶と共に一目散に学校を出る
学校は嫌い
放課後
一緒にお喋りしながら帰る友達や、部活の仲間も、恋人だって…いない
学校行ってから帰るまで、私は常に独りぼっち
それでもよかった
もし美大に行けるなら、そんな友情や恋愛にかまけている暇なんかないんだから
なんて…そんな事を考えながら
でもちょっと寂しいな
って気持ちは押し込めた
そんな時だったんだ
「ねえ!」
頭上から誰かの声が降ってくる
私は不意に何だと、声のした方を振り返った
校舎の二階
窓際にいる男の子が身を乗り出している
手には紙切れをヒラヒラとさせていた
「落ちてたよー!これ赤羽さんのでしょー?」
語尾を伸ばして、大きな声で喋る相手
何だろうと一歩前に出たが、地上からではその紙切れがなんなのかわからなかった
私は仕方なく無言で踵を返すと、昇降口へと戻り、階段を上がって二階に向かった
広い廊下には、先ほどの男の子がぽつんと立っている
一歩一歩近づき、段々と人物の形が大きくなっていく
「あ、はい、これ」
彼から手渡された紙切れには、私の漫画がバッチリ描かれていた
っいっ…!
私は思わず勢いよく引ったくり背中に隠したが、まあ、もう遅い
この男の子に、私が漫画を描いているのがバレた
『うわぁ…また漫画描いてるよ…』
『友達いないからっしょ』
『暗っキモっ!』
『また漫画描いて…勉強はしてるの!?』
私が漫画を描くと、周りは大抵、こんな反応ばかりだった
だからいつしか
漫画を描く事は恥ずかしい事、いけない事、悪い事…
と言う意識が強くなって
誰にも見られないように、バレないように
ひっそりと描くようになった
漫画を描いている私は
親友以外は、周りに認めてもらえないから…
ああっ!今更だけどさっき紙切れ渡された時、私じゃないですって嘘ついたら良かった!
そしたら私が描いた漫画だってバレなかっ…
そこまで一瞬にして思いを馳せた私は、はっと気付いた
あれ…
この人…
何でこの漫画、と言うか紙切れが
私のものだとわかった…?
紙切れに私の名前なんか書かれていない
机に紙、置きっ放しにした?
いや…それはない
もしかして何かの拍子に紙が落ちたとか…
でも帰るときは、いつも机の周りを確認してから帰るようにしてるし…
けど…100%大丈夫とは言い切れない…
だって落ちてた、って結局言ってたし
私は目の前の男の子を真正面からゆっくりと捉えた
「何で…私が漫画描いてるって知ってるの?」
「あ、朝…赤羽さんいつも俺の次に教室来るでしょ?」
えっ
「その時、授業始まるまで、ずーっと漫画描いてるから」
ええっ!?
「赤羽さん、全然気付いてないと思ったけど、やっぱりか…
俺、朝ベランダに出て本読んでるんだよね
座ったり寝転んだりしてるから、わからなかったかも知れないけど、ベランダ越しに座って、赤羽さんのすぐ隣で本読んでみたこともあったんだよ」
「な、何それ…
何で何も言ってくれないの…?」
「いや、声かけようとしたんだよ?
けど赤羽さん、漫画描いてる時すっごく楽しそうに描いてるから
邪魔しちゃ悪そうな雰囲気だなって…」
「…逆に恥ずかしいんですけど…」
「え?ああ、ごめんね
でも、前から気になってたんだけど…赤羽さんは漫画家なの?」
「…いや全然…
絵が、漫画が好きだから描いてるだけで…
まあ、将来的にはそうなれたらいいなあ、って思ってるだけ…」
そうだ
私の小さな小さな夢
いや夢、ではないな
目標…だ
中学の頃、大学ノートに描いた、なんちゃって連載漫画を夢中で読んでくれた親友を見て、密かに決心したんだ
彼女だけじゃない
もっともっと色んな人に見てもらいたい
私の漫画で
笑顔になったり
勇気を貰えたり
その人の為になる漫画を描きたいと
「そうなりたいと思っていれば、なれるよ」
「え?」
「漫画家に」
漫画家に…
なりたいと思っていれば…
…なれる…
「今度赤羽さんの漫画、もっと見せてよ」
『佐和子ちゃん、漫画の続き見せてよ!』
「…バカにしないんだね」
「え?」
「私が漫画描いてる事…
漫画家になりたいなんて…言ってる事
私の周りの人たちは、私が漫画描いてる事や、漫画家になりたいって言うと、バカにするよ
現実みなさい
地に足つけなさい
まだ、そんな事言ってんの?
真面目に将来考えなよ
とかねっ…!ははっ」
私は自嘲した
現実を見ろとか
地に足つけろとか
まだそんな事とか、真面目に将来考えなよとか…
私にとっては、まだも何も…
ずっと漫画家に成りたくて、地に足を着ける為に現実をしっかり見て、真面目に漫画家と言う将来を考えて言ってる事なんだ
私の気持ち、何も知らない癖に…
貴方達のセオリーを、常識を、私に押し付けて来ないでよ
貴方達の幸せが、私にとって幸せとは限らないのに…
私を縛り付けてこないでよ
こっちは何があっても覚悟の上なんだ!
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