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翌日
外は雨が降って水溜りが出来ていた
湿気った空気は遠くの山々が見える景色を霞ませ、雨露で濡れた栗の木の花がより独特な匂いを発し、寂れた田舎を、より退廃的に感じさせた
はあ
溜息をつきながら傘をさし、足にジワジワ沁みてくる雨水にげんなりしながら、地元の駅を出た
水滴の付いた床や傘、湿気の多い車内
全てにイラつく
乗り継ぎの駅に着いただけで徒労感だ
今日みたいな雨の日は特に
私は駅に着く前、大宮くんにメールを入れていた
東京からの帰り道、連絡先を交換したのだ
ホームに着くと、大宮くんの姿があった
鉄柱に寄り掛かり、携帯を弄っている
友達とは一緒にいない
肩をぽん、と叩く
「おはよう」
「おはよ」
へんな駄菓子をモグモグしていた
「お菓子、好きなの?」
「いや、好きなわけじゃないんだけどさ、通学中の道に駄菓子屋あるんだよね、そこ通るとさ、どうしてもつい寄っちゃうんだよね」
「それっていつも通るんじゃないの?」
「…
そいえばメールの話って?」
「あっ、うん…」
コンクリートのホームは外からの雨が吹き込み、半分水浸しになっていた
濡れてない方に避難して、大宮くんの横に並び、鉄柱に寄りかかる
そこで私は昨日の事の顛末を話した
「なるほどね…」
大宮くんは顎に手を当てて撫でると俯いて呟いた
「なんか、ごめんね」
「え?」
「俺のせいだよな…
予備校、誘わなきゃよかったね」
「別に大宮くんのせいじゃないよ!」
私は語気を強めた
そう、大宮くんのせいなんかじゃない
予備校についていったのは私で、そこで夢や希望が広がって、自分で勝手に盛り上がってしまっただけだ
大宮くんに伝えたかったのは…美大は絶望的だと言うこと…
笑いながら話したけど、鼻の奥がツンとした
仕方ないんだと、自分に言い聞かせてないと涙が出そうだ
「私には絵しかないのに…
私から絵を取ったら、なんの取り柄があるというんだろう…」
「美大行けなくても、漫画家になれないわけじゃない」
「えっ…」
「自分の行きたい道…目標って言うのかな
それに突き進んでいけば、別にお母様が言うように美大行かなくても漫画家になれる方法はいくらでもある
俺は美術の教員免許欲しいから、美大に行きたいだけで…
佐和子は佐和子の目指す漫画家の道を行けばいい
美大に行くことが、佐和子の目標ではないでしょう?」
私たちの進む道が決別した瞬間だった
大宮くんが昨日見せてくれた世界
それは私に夢や希望を与えてくれた
私はやっぱり絵が好きだと再確認出来た
この廃れた田舎町を出れるチャンスだった
でも、叶わないなんて…
大宮くんは手をグーにして私の胸上に当てた
ビックリして固まってしまうと
「目標は違うけど、絵描き”同志”、進む道は同じ方向だよ
絵の道を一緒に突き進んで行こう」
と言われた
私は一歩引き、おずおずと手を出し、大宮くんの差し出した拳にグーで返した
進む道は同じ…か
うん、そうだね…美大に行けないから決別、ではないよね…
線路の裏にある紫陽花は、この雨に濡れて花々が雫を落とす
「でも、少し悔しい
自分の道が、一つ閉ざされたみたいで…」
本音がするりと口をつく
「悔しいと思う気持ちを、バネにすればいいんだよ」
また泣きそうになって、ぐっと下唇を噛んだ
バネにするんだ
この雨が、私の代わりに泣いてくれている
私はこの底辺高校で上位の成績をキープしていたが、美大に行きたいと言うその夢が断たれた今、悩んでいた
美大の為に進学を考えていたのに、それ以外に私の学びたい分野がなかったからだ
就職と言う道を一瞬考えたが、すぐさま消した
親も進学と言う道自体に、反対はしていない
それに何より
せっかく絵の勉強の為だけに、友達と殆ど交流することもなく、授業を真面目に聞き
家でも学校でも電車の中でも、好きでもない勉強で自分を犠牲にして成績上位をキープしてきたんだ
その努力が、無駄とまでは言わないが、意味無くなるのだけは嫌だった
絵だけ描いてロクに授業を聞かず、勉強もしないで遊びまくっていた中学時代
こんな高校にしか入れなかったことをすごく後悔した
もう、そんな後悔はしたくなかったから頑張ってきたんだ
なのに…
絵以外に興味あることが、私にはない
進路希望調査の紙を見つめた
はあ、と溜息を吐く
今の私の成績だと、大学の推薦は貰えるだろう
勿論それ以外の受験方法でも、今の成績なら受験することが出来る
後はどの分野の学校に行きたいか
帰り道
本屋に立ち寄り、色々な職業の本を見てみたり、ネットで検索をした
でも興味が湧く分野は今ひとつなかった
大宮 美幌
宛先:佐和子>
Re:
なんでもいいんじゃない?
進学してからその分野に興味出てくるかもしれないし
進学する人が、みんな明確にその職業に就きたいからその分野の道に進むってのも、専門学校ならともかく、大学は少ないだろうね
そういうものなのか?
大宮 美幌
宛先:佐和子>
Re:
進学はする、でもやりたいことは今ひとつ決まってないやつなんて沢山いるよ
贅沢な悩みだけどね
チクリと毒を刺される
大宮 美幌
宛先:佐和子>
Re:
佐和子は、色々な理由や事情でそうなってしまったけど、深く考える必要ないと思うよ
佐和子のもう一つの道は、これからなんだから
もう一つの道…か
私には何があるんだろう
6月に入りスッキリしない天気が続く
学校からの帰り道
乗り継ぎが悪い電車を待つ間、一度駅を出てコンビニに立ち寄った
ふと、雑誌が置いてあるコーナーに目が行く
棚の下の段には、乱雑に置かれた分厚い月刊誌が何種類もある
とある少女漫画誌を見つけ、手にとってパラパラと眺めた
その月刊誌には、私の好きな先生が連載しているのだ
雑誌は買っていないが、好きな先生の単行本は新刊が出たら必ず買っていた
雑誌の後ろの方には、漫画家志望の人たちの投稿漫画の優秀作品が、小さく掲載されているコーナーがある
みんな絵が上手い
年齢も、私と同年代の人もちらほらいる
憂鬱になって雑誌を閉じた
私は今、漫画を描くより、進学の道が優先なんだ
今はそのために、勉強をしなければ…
お菓子を買って、つまみながら電車の中で勉強しようと思ったが、お菓子を選んでいる最中、違和感があった
正確には、さっき雑誌を見ていた時から違和感があった
私の行くところ行くところに、男の人が着いてくる感覚があったのだ
たまたまだろうと思って、会計を済ませて外に出る
まだ電車が来るまで時間があったので、駅前に、昔からあるデパートに寄ろうと向かって行った
けど、さっきコンビニで着いてくる感覚があった男の人も、また着いて来ている
…きっと同じ方向なだけ…だよね?
デパートの入り口を抜けると、すぐにエスカレーターがあるので、駆け上がった
するとその男の人も駆け足で登ってくる
私は怖くなり、二階の本屋に行く予定を素通りして、三階に駆け上がった
近くの100円ショップの店舗に入り、登りのエスカレーターが見える位置に身を潜める
気のせいだよね?
登ってくるはずないよね?
そう思ったの束の間、その男の人は辺りをキョロキョロ見回すような動作をしながら、エスカレーターを登ってきた
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