He can who believes he can

8/9
前へ
/75ページ
次へ
「それって…恋人ってこと…?」 私はキラキラと光るアスファルトを見ながら聞いた 顔は見れない 「わからない」 「え?」 思わず立ち止まり振り返る 「佐和子は、どう思ってるの?」 私がどう思ってる? なに、それって私が好きだと言えば好きと答えて、嫌いなら嫌いなの? 「俺は、佐和子のこと、嫌いじゃない」 「嫌いじゃない?」 私は思わず突っ込んだ 「…佐和子のこと、好きだよ けど、今は一番じゃない」 えっ… 「俺が優先すべきことは今は受験で、恋人作りじゃない だから一番じゃない もし今、佐和子と恋人になったら、きっと受験がおざなりになってしまうから…」 複雑な心境になり繋いでいた手を離した なんか、一瞬舞い上がった自分がバカみたいだ 「…なんて 言い訳かな 受験落ちたらさ、俺、人のせいにしそうで…って言うか自分に自信がないんだ 今佐和子と恋人になったところで、佐和子と受験を両立出来るかとか 俺にはどちらも大切で譲れないものだから」 「…うん」 なにがうん、なのか自分でもよくわからない 「佐和子は、それでもいいの?」 「え?」 「俺のこと、好き?」 なんて答えたらいいのかわからない 「私は…」 私も大宮くんが好き… だって、大宮くんと会う度にいつの間にか、ドキドキしているから でも、大宮くんの負担になるなら、今は伝えない方がいいのかな… 「わからない…」 本当の気持ちを告げずに誤魔化した 受験で手一杯なのに、これ以上私事で困らせちゃいけない 「そうか」 手はもう繋いでいない お互い駅まで無言で歩いた 微妙な空気が流れたまま電車に乗り込む 真っ暗な窓が白熱灯に照らされ、自分の姿が写し出される 踏み切り近くを通る度、サイレンがリフレインした 乗り換え地点の駅に着いた 時刻は21時になろうとしている 私の乗る電車がもうホームに到着していた 丁度タイミングがよかった この微妙な空気から早く解放されたくて、私は、じゃあ、と言って足早に別れた 「佐和子」 腕を引かれ、大宮くんに引き留められる 「一緒に佐和子の家の最寄りまで行くよ」 「え?」 「もう、こんな時間だし、心配だから」 「…あ うん…」 上手く断れずに大宮くんの申し出に従う 一緒に電車の中に乗り込む時、ドア付近にいた、缶ビールを持ってふらふらしたおじさんがぶつかりそうになった 「危ないよ」 大宮くんが私の肩を自分の元に引き寄せた そのまま自然に手を繋ぎ、席までエスコートしてくれてるような感覚だったが、着席しても手は繋いだままだった 大宮くんの横顔を見る 目が合って急に心拍が上がり、咄嗟に視線を逸らし、前に向き直った 電車は動きだし、私の最寄り駅に向けて走り出す 窓の外は、たまに街灯や民家の明かりが見えるくらいで、ほぼ暗闇だ 「何処まで行くの?」 「最寄りは次の次」 何もない私の家の最寄り駅 電車を降りる人は、私たちとサラリーマンみたいな人が1人だけだった 「佐和子の家の最寄りは、こんな感じなんだね」 キョロキョロ辺りを見回す大宮くん 「うん、特になーんもないよ」 「ここから佐和子の家は近い?」 「うーん…歩いて15分から20分くらい もう家の付近だし、自転車だから大丈夫!」 下手な事言うと、家まで送ると大宮くんなら言いかねないと思った私は、気遣いをさせないように伝えた 「じゃあ、あそこの踏切まで送るよ」 「うん」 駅前に停めてある自転車を、手押ししながら踏切まで歩いた 雨上がりの冷たい風と、小さな虫の鳴き声が聞こえてくる 遠くの方の田んぼからはカエルが鳴いていた 空は雲ひとつなく、星空が高い こんなにも私の生まれた町は長閑で静かで、そして何もない 途中で踏切がサイレンを鳴らし遮断機が降りてきた 私達は踏切の白熱灯に照らされ電車を待つ 「あのさ、大宮くん」 「ん?」 「私…」 特急電車のけたたましい音と サイレンの音で、私の声は掻き消された 私 大宮くんが好きだよ 今は無理でも、私も大宮くんが好き 「なんて言ったの?ごめん聞こえなかった」 「ううん、なんでも! こんなところまで送ってくれてありがとう! またね!気を付けてね!」 これで、いいんだ 私の気持ちは、サイレンと電車の音が掻き消してくれた 踏切を渡り、振り返る 大宮くんは踏切の白熱灯に照らされ、こちらに手を振っていた 私は自転車に跨り、ペダルに足を掛けて大きく手を振った 時は流れ、夏休みも終盤になった頃、大宮くんからメールが入った 大宮 美幌 宛先:佐和子> Re: オープンキャンパス行ってきた 私はすぐさま電話をかけた 「どうだった!?オープンキャンパス!」 「うん、よかったよ 大学のイメージがより詳しく掴めたし」 「大宮くんどこの大学行くの?」 そう言えば美大とは言っていたが、どこの大学かは聞いてなかった 「藝大」 「えっ…」 「ていうのは希望だけど、受けたい 他にはムサタマかな うちの予備校は藝大ムサタマに力入れてるところだし、後、女子美とか造形とか日芸とかもちらほらいるかな」 急に大学の名前を羅列され、現実に引き戻される 大宮くんが、遠くの人物になっていく感覚がした 「そうなんだ…」 「どうしたの?」 「ううん…」 私は、一旦絵の道を諦め、これから新たな道に進まなければならない でもやる気が湧かない、やりたいことがない、見つからない 「ごめん、考えなしだった もう連絡取るのは止めよう」 「えっ?」 「俺がオープンキャンパスの話とか、美大の話をしたから、急に元気なくなったんだよね 今の佐和子には、多分俺の言葉は傷付いてしまう」 「別にそんなことない! 電話したのは私だし、大学の進路聞いたのも私だし…」 「俺は佐和子を傷付けたくない だから連絡やめる さっきはメールごめん」 「えっ…」 一方的に電話は切れた 同志なのに…分かち合えないなんて 窓の外ではひぐらしが物悲しげに鳴いている 殆ど終わらせた夏休みの課題 どうしょうもない喪失感が私を襲う その日からまた刺激のない、よく言えば、平穏な日常が続いた 大宮くんからメールがくることはなくなった 私もメールをやめた また前みたいに、学校に来て勉強して家に帰ることの繰り返しだ 学校でも、会って話すことはなくなった 朝も、私より先に来ている事がなくなった いつもギリギリに教室に入ってくる 寝ぐせのまま 鏡見なよって、言ったのに 私の大学はと言うと、美大に行けない今、どこの大学でもいいやとモチベーションが下がっていたので、結局、進みたい分野も決まらず、推薦の資料が来ていた適当な大学に願書を提出した その大学も、夏休みなどにオープンキャンパスがあったらしいが、オープンキャンパスすら行かずに受けた 推薦入試なので、案の定あっさりと受かって、10月頃にはもう私の受験は終了した そして気付けば、もう冬も終わりに近づき、梅の花が咲き出す 春を知らせる沈丁花の香りが、何処かの庭先から漂ってきた 一通のメールが来たのはその頃だった
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加