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Part1/3
揺れる。
光る。
崩れる。
これが、世界が望んだ光景か。
誰がこれを望んだだろうか。
この光景を。
「行ってきます。」
誰もいない家に向かってそう呟くと、玄関を開ける。5月の晴れやかな陽射しのもとに出ると、目の前には一気に視界が広がる。
小高い丘の上にある我が家から見える街。
眼下に広がる風景はごく普通の街並み、
しかしその中にたった一つ、圧倒的な存在感、そして違和感を放つ巨大な建造物がある。
明るい陽射しを浴びてきらきらと輝く、巨大で透明な箱のような建物の中に、私の兄はいる。
ふと昔のことを思い出し、胸に締め付けられるような痛みが走る。
兄がいた頃。両親がいた頃。 楽しかったあの時。
そんな気持ちを振り払うように、否が応でも目に入ってしまうその建物を見ないふりをして、私は学校への道を走り出した。
「えー、皆も知っての通り、この世界は常に、『DT29』によって侵される危険と共にあります。しかし、それを防いでくれているのが、このN国の首都であるわが町に存在する『デポルーター』です。」
今や子供でも知っている常識、それをわざわざ学校の授業で教えることは、これが普通であると、国民に思い込ませるためなのだろうか。
そんな考え方をしてしまうのは、私の兄が、『換者』だからだろうか。
私の胸に、古傷が開くような疼痛が響く。
20XX年、世界では産業発展に伴い、ある有害物質が問題となっていた。
『DT29』。
G国の科学者によって発見されたその物質は、その材質、起源に関わらずあらゆる物を『崩壊させる』ことから、別名『死の胞子』とも呼ばれている。
そして実際に12年前、DT29がU国で大量に発生、放出されてしまう事故が起こると、当然ながら近隣であるこのN国にも被害は拡大、多くの公共施設や人々の命が奪われた。
私の両親もその事故によって命を落とし、私と兄だけが生き残った。
「アイバさん?聞いていますか?」
「はいっ!」
物思いに耽っていた所を見事に指されてしまった。
「私が今なんと言ったか、言ってみなさい。」
「・・・すみません」
「まったく、いいですか?現代、私たちが健康に日常生活を送れているのは、10年前に建造された『デポルーター』、そしてその中でその身を捧げてくれている『換者』の方々のおかげなのです。」
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天高く輝く透明な天井、そびえる無色の壁。
本来なら圧迫感のあるこの場所で、息苦しさを微塵も感じず、むしろ清々しささえ感じているのは、この施設の輝きのせいだろうか。
それとも、俺がこの場所に慣れてしまったからだろうか。
大きく伸びをすると、朗らかな陽射しのもとで『外の世界』を眺める。
そうして平和を実感することが、俺の日課だ。
しかし、外界の風景は嫌でもあの頃を振り返らせる。感傷的になるのは柄じゃない。
12年前の事故を受け、当時環境保護先進国だったわがN国は、ある法律を制定した。
『環境換者集約法』だ。
そもそも12年前の事故で、
DT29に『耐性のある人間』が存在することが判明したのだ。
そこでN国は、10歳以上の全男子国民に検査を実施。その検査で耐性があると診断された国民は、N国政府によって特殊な装置をつけて、ある建造物に隔離される。
その建造物には世界中を舞っているDT29が吸収され、中で隔離された人々がそれを呼吸し換気する。
いわば『世界の空気清浄機』という訳だ。
その建物こそがこの『デポルーター』であり、その中に隔離された『耐性あり』の人々こそが『換者』なのである。
自分自身、10歳で『換者』としてこのデポルーターへと入った。
たった1人残してきた妹は元気だろうか。
デポルーター内では外界への未練を持ち込まぬ為だろうか、親族や友人との連絡も断たれている。
周辺への一般市民の立ち入りも厳しく制限されており、透明な壁に反して、そこには深い溝があるのだ。
『世界を救う英雄』。
その言葉とは裏腹に、人々は換者を忌避している。
ガスマスク越しの風景は、歪んで見える。
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