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「フォル?どうしたの、急に走って来て」
フォルは、私と彼が初めて会った保護犬の譲渡会で出会った男の子だ。
彼とフォル、出会った日が同じで、二人には似てるところもあった。
綺麗なブラウンヘアーと、無口な性格。
実はフォルという名前も彼が付けてくれたもので、”偶然の”という意味のfortuitousから取ったらしい。
ここで一緒に暮らす前も後も、私達三人はいつも一緒にいた。
私は、足元に行儀よくお座りを決めたフォルを、いい子ね、と撫でてやった。
そしてやっと、フォルの様子がいつもと違っているのに気付いた。
「あれ?フォル、何咥えてるの?」
普段はフードやオモチャ以外を口に入れることはないのに、フォルは何か四角いものの端を器用に噛んで、それを私に見せようとしているのだ。
私はそれを丁寧にフォルの口から離した。
「これ………」
フォルの顔を見て、それから彼を見上げた。
胸の音が、やけに速くなってくる。
「リングケース?」
そう訊くと、彼はなぜだか肩を落とし、またもや深いため息をひとつ。
私は中に何も入ってないことを確認し、もう一度彼を見つめた。
「どういうこと?」
ドクドクと主張を強める音を感じつつ、意味が分からない、と言外に含ませると、彼は、そこで観念したように「しょうがないな…」と呟いたのだった。
そしてもう一度テレビ前に戻ると、台との隙間に手を差し入れた。
「まだ起きてこないと思ったんだけどな…」
言い訳にも聞こえるセリフからは、不本意だという彼の本音が丸見えだ。
それでも私は、決してカジュアルとは言えない店のリングケース、しかも空っぽの状態に、思考がぐるぐる回り出していた。
おそらく、いやきっと、このリングケースは彼が私に用意してくれたものだろう。
でも今日は誕生日でも、記念日でもない。しかも、中身は入ってないのだ。
だけど、ということは………
心臓が、体を突き破って飛び出てくるんじゃないかと怖くなるほど、
私の平常心はどこかへ行ってしまった。
彼はまた振り向くと、私の左手をそっとすくい上げた。
「なに……?」
戸惑う私の右手の指には、甘えるフォルの鼻先が。
二人から、両手を握られてる感じがした。
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