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僕がきみを選んだ理由か――――
日曜日、ほんの少しのうたた寝のつもりが、あまりの気持ちよさに深く眠ってしまった僕は、うっすら耳に届いたきみの独り言で意識が浮上した。
でも身体はまだ目覚めたくないと訴えていて、瞼は重たいままだった。
ああ、でもこうやってきみの“声”だけを聞いているのも、悪くないな。
きみの声は大好きだ。
いや、むしろ、きみがどんな顔で僕を見ているのか想像するのも楽しい。
……だいたいは想像つくけど。
ここに住みはじめてから、仕事以外の時間はほとんど一緒に過ごしているんだ、きみのことなら大抵分かってるつもりだから。
そんなきみが、僕を見ながら、どうやら“僕を選んだ理由”について考えているらしい。
何気なくこぼれてきたきみの言葉に、僕も、徐々にクリアになってくる思考を巡らせてみたよ。
ちょっと思い当たるフシはあったからね。
きみが褒めてくれた色素の薄い髪だろうか?
それとも姿勢がいいこと?ああ、目が綺麗だとも言ってくれたっけ?
でも……きみが“僕を選んだ理由”について考えるなら、僕は、“きみを選んだ理由”について考えてみようか。
僕達の出会いは、もう何年も前のことだ。
ずいぶん昔のことにも思うし、つい最近のことにも感じる。
その日も確か日曜だった。
ある催しのせいで大勢の人が集まっていて、僕は、あまりの人の多さに辟易としていた。
でも無断で帰ることはできない状況で、仕方なく周りの人に適当に接していたときだ、僕の近くにいた女性が体調を崩した。
そこに真っ先に駆け付けたのがきみだった。
「大丈夫ですか?」
女性の割には低めの、相手に安心感を与える声だった。
僕は、まず、きみのその声に惹かれたんだ。
幸いその女性は大したことなくて、そうと知ったきみは胸を撫で下ろしていたね。
その姿を見て、僕は、きみがとても優しい人だということと、感情を隠さない正直な人だと感じた。
この人だったら、誠実に関係を築いていけるんじゃないか、そう思えたんだ。
僕がきみを選んだ理由は、そんなところかな。
別にこれと言って特別でも、ドラマティックでもない。でも普段ドライな性格だと言われてる僕にしてみれば、結構熱のこもった理由だと思うんだけど………どうだろう?
だって、きみを逃しちゃいけない、そう思った僕は、意図的に、きみに意識してもらえるように仕向けたんだから。
きみはそうと気付いてないみたいだけど、あれは偶然なんかじゃなくて、ぼくが、きみの中に僕の存在を植え付けるために、そうしたんだ。
じっと、きみの目を見つめる。
ただひたすら、じっと、見つめ続ける。
簡単なことのようで、インパクトは絶大だ。
だってそのおかげで、僕は、きみに選んでもらえたのだから。
今きみに、あれは偶然じゃなかったんだと教えたら、どんな反応をしてくれるかな。
僕達の出会いを”偶然”ではなく”運命”だと言うきみは、もしかしたらがっかりするかもしれない。
僕によって作られた”運命”だと知ったら、いつもみたいに感情を隠さず、拗ねるのだろうか。それとも……
そこまで考えたところで、ふわりと、彼女の気配が近付いてきた。
大切に想う相手との穏やかな時間は、どうしてこんなに幸せなのだろう。
この幸せを手放したくはないから、僕は、”偶然”…きみが言うところの”運命”の種明かしは、もうしばらく先にしておくよ。
彼女の存在を感じながらまどろむなんて最高だけど、できることなら、僕の大好きなその声をもう少し聞かせてほしいな………
僕のささやかな願いは、しばらくして、彼女の可愛らしい寝息が引き受けてくれたのだった。
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