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1 欺瞞
宗教はまやかしで、神などいないし奇跡は起こらない。
それでも厳然とした祭壇に対面すれば、心身共に凛とする。
──反感も無反応も、当然のことと理解しよう。私はそれらに一切心を乱さないと神に誓う──
頭を垂れて指を組む。
深誓と呼ばれる、教義のひとつ。
神に誓いを立て、神の加護の元それを果たす事で世の安寧が保たれるという教え。
改めて誓いを立てれば漠然としたものが整然と成り変わり、神にどうこうされずとも誓いの達成度合いも上がる。
世にこの機構が存在することに意味はあると、論理的には受け止めることができる。
深誓を終え祭壇を退いた青年僧兵に、初老の僧侶が声をかけた。
「括達様、よろしいですか」
歩を止める。
名を呼ばれたが、括達には相手の名がわからない。
碌堂国のこの地を本神殿とする礼誓教は、国民の大半が信仰する大きな組織。
広大な神殿に出仕する人間すべてを把握することは難しい。
同様に深緑色をした僧兵服を着る者は神殿内のいたるところに立っているというのに、相手は括達を待って声をかけてきた。
括達が特殊な地位にある僧兵と知り得る上層に詳しい者だろう。
「はい」
表情を変えず静かに返す括達に、僧侶は厳しい顔を見せた。
「披露の儀はいつ頃になりますか」
出仕前の誓いを捧げたばかりだというのに同じ問いがもう五度目、括達は内心ため息をついた。
披露するのは先日まで祭壇の豪勢な寝台に安置されていた『天使』。
神の意思の代行を、信徒の総意で託した者。
前世で高い徳を積み現世での苦行を免除され、生後間もなく往生した赤子。
「十八年も眠られていたので俗世に馴染まれるには相応の時を要するのです。万全を期すまで今しばらくお待ち下さい」
天使は括達がふたつの頃、天使を導き守る役を持つ『導護師』の力で復魂した。
長らく祭壇で眠り続け、半月程前に覚醒している。
覚醒の儀は導護師のみの参列でとり行われ、以降目覚めた天使への目通りは導護師以外は許されていない。
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