3 感受

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 天使は柳綺が手にした法衣を一瞥(いちべつ)したのち、別の法衣に手を伸ばす。  すかさず柳綺が手のひらで藍色の法衣を指し示し、指定の仕方の見本を見せる。 「こちらの青のものですか? 碌堂(ろくどう)の海の色のようで、綺麗ですよね」  天使はふいに、窓の外に目をやった。  括達もつられて顔を向ける。  露台の向こう、白壁に(だいだい)色の屋根の群れ、大海と雲一つない空が見渡せた。  法衣の青から日々眺めている窓の外を連想し、見比べたのだろう。  言語を理解し好奇心を持っている、『教える』のではなく『導く』ように指導すれば、会話も体動法もすぐに身につけてもらえるように思う。  括達は藍色の法衣を手に窓辺に立ち、自身も色を見比べた。 「空より、海の色に近いですね。試しに羽織られてみますか?」  天使はすかさず、口を開いた。 「重いから着たくない」  刺すような、冷たい響き。  否定の言葉だが、天使をひとつ理解して、なにかが進展したように思う。  法衣は重いが部屋着はそうでもない、しかしこの天使には重いのだろう。 「そう、なんですね。重いから、着たくなかったのですか」  画と共に文字の羅列する書物を天使に代わりに音読し、問いかけを辛抱強く聞き取って回答してきた。  それが実を結び、発声はほぼ確実となり、文字も一人で眺めるようになった。 『試行錯誤』を始めてから七日。  体動法の指導は遅れており、まだ披露の儀の告知ができない。  天使の万全が最優先と、自分は名も知らぬ僧侶に伝えている。  (あせ)りは不要、括達は天使を目の前に内心誓いを立てる。  しかし日々披露の儀の伺いを立てられる括達に、焦りを完璧に消すことは難しかった。
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